第244期 #4

 学校が終わって、部活は休みで、塾の自習室に行く気にもなれなくて、家の近くの小さな橋で、川に写った夕焼けを眺めていたら、向こうの坂を、薫くんが下ってくるのが見えて、大きく手を振った。
 ひょろっと背が高くて、痩せていて、垂れた目もとが優しげで、美大を受けると言って、大きなスケッチブックを抱えている。今日は絵の具の一式も持っていて、橋まで来ると、「ひとつ、描いてみたんだよ」と、スケッチブックを広げてくれた。
 水彩絵の具の透きとおった、秋空の、わたしの街。
 「きれいだね」
と言うと、
 「そうかな」
とはにかんで、わたしの横で、川面を見つめる。宵闇がだんだん深くなってきて、西の空の茜色も、煮つめたように濃くなってくる。
 わたしは小さく息を吸って、
 「ねえ、薫くん」
 「ん、」
とわたしに顔を向けたみたい。
 「なんで、薫くんは、絵を描くの?」
 薫くんは、嬉しそうに、だけどほんの少し、寂しそうに微笑んで、
 「だってねえ、」
 丁寧に、唇を動かして、
 「絵でもなけりゃあ、みんな、急いでしまう、からねえ」
 「――急、ぐ」
 「そう。――のぞみちゃん、」
 わたしの名前を、呼んで、
 「急いじゃあ、いけない。急いじゃあ、いけないんだよ――」

 落ちてゆく、秋の、夕日に照らされて。言葉もまるで、しゃぼん玉のようで。
 とりあえず、今は――。
 今は、このまま、こうしていよう、
 と、思った。



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