第242期 #9
時刻は八時八分前。
鏡に映る銀鼠の着流し。眉間に皺、瞼を閉じてぶつぶつと呟く。部屋には男一人。ペットボトルのお茶、背もたれのない椅子、ロッカーの隣のドアが開く。入ってきたのは栗皮の男。
「おう熊さん」
「よう八つぁん」鏡の前の熊五郎が笑いかける。「今日はまた寒いね。ところでこの前あんたがやった噺だが」
へえと返事する八五郎の顔がやけに青白い。
「死んだ奴が何度も生き返るのかと思ったら、違うんだな。死んだら死体は転がったまんま、次の奴はそれを頼りに進む。持ってた武器を使い罠を避けて。でもよ、死体が見えるなら、そいつと死人は別人じゃねえのかい?」
「いえこれが同じってなもんで」
「同じ人間が大量にいるてえのかい」
「げえむですから」
「そういうもんかね。おいどうした、具合でも悪いのかい」
「いえ何でもありやせん」
八時五分前。呼ばれてもいい頃だがと熊がぼやき、八が見てきやすと出ていった。時計がカチコチうるさい。
八時三分前。
熊は妙なことに気づいた。時間の進みが遅い。五分はとっくに回ったはずが、まだ一分も経ってない。しかし体感では予定時刻を過ぎてるものだから、いつまでたっても呼ばれないような心持になっている。
ノック。八だ。
「おい。出番はまだかい」
「前が詰まってるみてえで」
「なんだか今日はおかしいぜ。時計が全然進まねえ」
すると八は笑った。
「熊さん、あんたもう噺に入ってるんで?」
噺に? 怪訝そうな熊をよそに八は出ていく。
それから何時間、何日、いや何年の時が過ぎたか知れない。時計は八時一分前のまま秒針だけがぐるぐる回り続ける。
ノック。時計が八時ちょうどを指し、何をしても動かなかったドアが冗談みたいに開く。血と糞尿にまみれ、死体の上で胡座をかく男に八が言う、「熊さん、本番お願いしやす」。手に握りしめるは出刃包丁。
熊は八の喉に自分の脛骨を突き刺す。咲く彼岸花。廊下で蜂の巣にされた己の死体。間一髪で木枯しを躱す。上腕骨を投擲。呻き声。眼窩から潰れた柿を滴らせて八が崩れ落ちる。進む先に転がる腕。銀杏色の光芒が袖を焼き切る。大腿骨を振り抜く。倒れる八。
「八つぁんよう」熊は八の頭を枯れ葉みたいに踏みつける。「おめえ何人目だ? 俺は何人目だ?」
「噺が違う」
「今演ってんのは俺だからな」
日本刀マシンガン槍ヌンチャク、四人の八が熊を取り囲む。熊は死体からびいむさあべるを奪い、ぶぉんと一閃させた。