第242期 #6

一時的リカバリーモード

 地方都市と地方都市を結ぶ特急列車はガラガラだ。この車両には僕と若い女の人しか乗っていない。新卒で入社した会社を一年で辞め、僕は無目的で旅をしていた。次の停車駅はO駅。まだかなりかかる。
「ちょっといいですか」
 突然、前のほうに座っていた女の人が僕の横に来て話しかけてきた。
「手伝ってほしいのですが、今日この後予定ありますか」
 人を暇人扱いするなよと思ったが、彼女に対しては少しだけ興味があった。列車に乗り込む前、駅のスタバでも見かけていたから。列車も車両も偶然同じだった。
「O駅で降りて、一緒に、ええと、病院にお見舞いに行くので付き合ってほしいです。二時間ぐらい」
 何が何だか分からない。ただ僕には時間がたっぷりあった。

「私、ルート営業の仕事をしています」
 彼女は言う。
「今日訪問する予定だったお客様、急に入院しちゃって。ここは田舎で、女性はアシスタントという偏見があるので、病院で私の上司のふりをしてほしいです」
 とりあえず曖昧に返事した。
「お客様にも伝えておくので大丈夫です。仕事は、ええと、ITの仕事なんです」
 ITは僕の専門だ。何のITなのか尋ねた。
「ITはITです。細かいことは大丈夫です。犯罪でも宗教でもないので安心してください」
 彼女は僕のほうを見ながら息を吐いて、それから少しだけ細かいことを教えてくれた。まず、お客様は関という名字だそうだ。

 病室で関さんを見て、彼女は絶句していた。小さな会社を経営している関さんは、それほど歳をとっているようには見えないけれど、ベッドから起き上がれない状態だった。
「わざわざ来てくれてありがとう」
 関さんは言う。
「課長さんも」
 僕は課長になっていた。
「病気に何としても勝つつもりでいるけど、でも正直どうなるかわからないから。最後にあいさつしておこうと思って」
 関さんは彼女の手に触れた。二人は手をしっかりと握った。しばらく無言だった。
「今までありがとう」
 関さんがやがてそう言うと、彼女も同じように返事をした。関さんは体をねじって手を伸ばし、引き出しを開け、何かを探し始める。
「十分です、関さん、もう十分いただいてます」
 彼女は関さんを止めに入る。僕は何もすることができないでいた。

 この件の後、僕と彼女は時々連絡しあうようになった。数か月たって、関さんが退院したという知らせを彼女からもらった。僕も次の会社が決まった。全然課長待遇ではないけれど。



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