第242期 #5
仕事を終えた大工の五助が、長屋へと帰ってきた。
「お清、土産に鰻を買ってきたぞ……」
五助の言葉は尻すぼみに消えていった。
狭い部屋の中に、女房のお清の姿がない。
またか、と五助は溜息一つ。ムカムカと腹も立ってくる。
ここ最近の女房はどうもオカシイ。否、アヤシイ。
さり気なく訊いてみても、「買い物」「女房連中と世間話」との素っ気ない答え。
しかし、勘の悪い五助でも流石に気づく。手前味噌だが、町内一の別嬪と噂されているお清のことだ。こいつは浮気に違いない。
ただし、証拠がないでは話にならぬ。怒鳴って問い質したところで、尻尾を出す甘いアマではない。
こっそり浮気の現場でも覗ければ――
如何したものかと腕組みしていると、背後より、
「おや、お内儀かと思いきや、五助さんかい」
やや残念そうな口振り。振り向くと、馴染みの薬屋が戸口に立っていた。
「お清は留守だよ。いや待て、お前さん何か知らねえか?」
突然尋ねられ、要領を得ない薬屋は「はあ?」と間抜け顔。
五助は、ことの経緯を語って聞かせた。
事情を飲み込んだ薬屋、ポンと手を打ち、
「覗き見するなら、面白い薬がございますぜ」
そう言って差し出したるは、赤と白の二種の丸薬。
「赤いのは離魂丸。飲むと魂が抜け出る薬。白いのは復魂丸で、魂が身体に戻りやす」
五助は「馬鹿にするな」と叱ろうとするも、渡りに船と思い直し、飲んでみる気になった。
「ちゃんと白い丸薬をお飲みなさいよ。そうしないと死んじまうからね」
薬屋の念押しを聞き流しながら、五助はゴクリと赤い丸薬を飲み込んだ。
すると不思議、確かにスルリと魂が身体から抜け出た。
こいつはしめたと、五助は空に浮かんでお清を探す。
お清の姿はすぐに見つかった。案の定、お清は若い男と密会の最中。身体を預けるその仕草、その表情。これで浮気の証拠は掴んだ。
さあ、戻ってとっちめてやると意気込む五助。しかし、長屋に帰り、はたと気づいた。
身体に戻るには白い丸薬を飲まねばならない。だが、魂のままでは薬に触ることもままならぬ。
慌てて薬屋にそのことを告げようとするが、いくら叫んでも声は届かない。
五助の身体を見下ろしていた薬屋は、ふいに「へへへ」と笑い、
「それじゃ、あっしはこれで。お代は結構。もう頂いておりますんで」
ぺこりと頭を下げて、出て行った。去り際、呟くように、
「効果は覿面。これで離婚とあいなる訳でさ」