第242期 #4

セメゲィ

 デジタルデトックスだーと言って全然知らない田舎にでかけた。一人は怖いから友達とでかけた。行く前に言葉禁止の約束をしていた。そしてその約束を守った。車で行った。どこに行くかは決めていなかったけど、交通ルールは守った。田舎に入るとこれがおそらく最後の信号なんだろうな、というところで赤信号を無視して、それを合図に私たちは鳥になった虫になった獣になった。車を運転しているのが怖くなって足で踏んでるそれがどんどん自分たちを前に押し進める役目を果たしていると気付いては忘れて手を叩いて笑っては握っていた円いそれをグルグル回転させて自分たちもぐるぐる回った。そうして車から投げ出されて草原の上にいた。奇跡的に助かって、奇跡的に草原の上にいて、奇跡的に空が青くて、そよ風が吹いていて、そんなときにはデジタルは私からそよそよ流れて行った。正直デジタルデトックスは楽勝だった。でもこういう、風が吹いている風景は過去デジタルで見たことがあって、その時に感じた風っぽい感じが猛烈に吐き気のように言葉になって私からあふれそうになった。それも飛び切り陳腐な奴が出てきそうになって、口を抑えるその行為自体がもう言葉に支配されていて泣きそうになった。隣を見ると友達は上半身裸で右乳房の下を一心不乱に搔いていた。彼女が乳を掻くたびにその乳首がぴくんぴくんと跳ねて動いていて、その姿が今だから言えるけれどとても尊かった、かわいかった。乳房丸かった。私は空っぽのまま彼女が乳房を掻くのを見ていた。何とかその尊さを伝えたいと私も上半身裸になったけどこの距離がこの距離がこの距離が近づかない近づかないので言葉がやっぱりほしい届きたい。彼女は私を見た。私は口をぱくぱくさせていた。彼女は何も私に伝えない。私は彼女に何かを伝えたい。そうっと彼女の肩に手を置いた。なんにも作為は、なかったと思う。その間にも彼女はまるでギタリストのように乳房を掻いて、いや、世界中のギタリストは彼女が乳房を掻くようにギターを弾いた。音楽はそこからすべてが出てくる。うおおおおおおおお、彼女尊い彼女尊いけど、もう言葉なんかに頼らないとどうにもならないので、せめて私はこういう感情を表現する言葉を発明してぶつける必要があると思った。それがせめて彼女に対する礼儀だと思った。
「セメゲィ」
 私は言った。彼女は乳房を掻く手を一瞬止めた。そんな気がした。



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