第242期 #2
彼は、いわゆる億万長者のひとりであった。
しかし過労と加齢のために深刻な病に陥り、彼の万能感は大いに動揺させられていた。健康は富に勝る、などという言葉に、彼のプライドも大いに痛めつけられていた。
が、それでも彼が諦めることは無かった。
庶民では到底支払いようのない大金を支払って、コールドスリープをすることに決めたのである。
これによって彼は、病に勝利できる希望を得た。彼が次に目を覚ます時には、頑張った人類がさまざまな問題を解決してくれているはずである。目下死ぬ以外に闘いを終える方法が無い難病の治療法が発明され、容姿が悪くて泣く者のために遺伝子の治療法が発明され、ものぐさな学生や大人のために知識を脳にインストールする方法が発明され、誰もがお手軽に月旅行に行く方法も発明され……人類の進歩があの問題もこの問題も解決した、そんな夢を抱えながら、所有する豪邸の特別室で、彼は百年の眠りについた。
* *
「お目覚めですか、旦那様」
ひとりの男性と目が合った。
「私は、旦那様がよくご存じのセバスチャンのひ孫です。曾祖父の遺言で、この場に付き添わせていただくよう命じられております」
彼はその男性を観察しながらつぶやいた。
「……ああ、確かに面影がある。そうか、とうとう……二一二二年になったか」
「はい旦那様」
と、彼は笑顔を作って間も無く、その表情を不安そうなものに変えた。
「おお、セバスチャンの子孫よ……」
「どうかなさいましたか?」
彼は横たわったままゆっくりと手を動かして、彼自身の目を覆った。
「本当に今は、二一二二年なのかね」
「ええ旦那様。間違いなく、二一二二年一〇月一七日でございます」
「私は人類を……人類が進歩する力を買いかぶっていたようだ。いったい、人類はあとどれだけすれば」
彼は呆れたように続けた。
「人類はあとどれだけすれば、チャックの閉め忘れを根絶できるのか」
(了)