第241期全作品一覧

# 題名 作者 文字数
1 あの店 蘇泉 454
2 ヒトになる たなかなつみ 1000
3 ちいさな愛のものがたり 吟硝子 500
4 君に、胸キュン euReka 1000
5 畏怖太郎 朝飯抜太郎 1000
6 蝦夷小車 霧野楢人 1000
7 Buying God Buys テックスロー 999
8 外野 わがまま娘 1000

#1

あの店

初めて北京に行ったのは、中学のとき。
北京に住んでいた親戚の叔母さんがいて、叔母さんは僕を洋食屋に連れてくれた。
「たくさん食べてね!」と叔母さんはご馳走してくれた。
美味しかった。たくさん食べた。
実家は田舎寄りなので、洋食屋はなかった。その後、ずっとその店で食べたいと思っていた。
しかし店の名前を覚えていなかった。
大学は日本に留学した。初めて日本に来た日、寮の先輩は、「日本の初めての飯を奢るよ」と言って、店に連れてくれた。
洋食屋だった。注文して食べたら、懐かしい味がした。
あの店だ!
なんと日本にもあるんだ。
「ここは何という店ですか」と先輩に聞いたら、「サイゼリヤだよ」と先輩が答えた。
「サイゼ…リヤ、難しい名前ですね」。「中国にもありますか?」と私が聞いた。
「北京にあるよ。でもこの店は日本の会社だよ」と先輩が言った。
「え?洋食屋なのに?」と私は驚いた。
「そうだよ」先輩が説明してくれた。「吉野家、すき家みたいに、ここはサイゼリ屋だからね!屋ってことは、安くて美味しい店だ。日本で暮らす以上、覚えておいてね!」


#2

ヒトになる

 何ものにもなれるのが売りの箱庭なのに、昔ながらのヒトの形を維持した形態でなければならないという。天辺に頭、その下に胴体、腕が二本に脚が二本。会話がスムーズに行えるように、頭部の位置がほぼ揃う二足歩行推奨。
 誰が決めたんだ、そんなの。あほだろう。
 妹はぼくの隣でくすくす笑う。いいのよ。その昔、ヒトの形状にこだわってばらまいていた敵意を、今ではもうこんな箱庭でしか延命させられないだけだから。
 その笑みの美しいこと。そして、その意地悪なこと。
 でも、ぼくに対する評価になると、いつでも足して二分の一。だから、ぼくはそこまで美しくも意地悪でもないことになる。ぼくの身体には、ぼくと妹が存在する。ぼくと妹は別の人間ではなく同一人物。医学的な見地から確かなこと。ぼくを診てくれているドクターがそう証明した。ぼくは二人で一人の存在。
 便宜上、ぼくが兄で、ぼくでないほうが妹。ぼくの身体には頭部が二つあり、胴体は一つ。腕が四本に脚が四本。ぼくと妹はいつも同じ頭部に出現するわけではなく、それぞれの部位もいつも同じセットで連動してはいない。ぼくは四本の腕と四本の脚を動かすことができ、妹も同じ。ぼくと妹の意思は体内の神経系でコントロールされ、身体の隅々まで混乱なく動かせる。互いの意思が相反しても動作不能には陥らない。ぼくと妹は喧嘩もする。会話したりしなかったり、別べつに寝たり同時に起きていたり。各々の経験したことを、ぼくと妹は互いに知覚し、どちらかだけが忘れたりする。ヒトってそんなものだ。実にいい加減に出来ていて、そして、そのいい加減さがものすごく巧みに出来ている。
 今やこの地上には、旧来のヒトの形状をもたない、ぼくたちのようなハイブリッドのほうが多い。なのに、未だに昔ながらの箱庭には、骨董品となったヒトの形状でなければ入場不可なのだ。
 いいんじゃないの、と妹は言う。限定された生き方を体験してみるのも、絶滅寸前の存在を理解する力にはなるんじゃない? ねえ?
 妹に声をかけられ、ぼくの左上腕に絡んでいる糸につながれた風船のような生き物が、斜め上でけらけらと笑い声を立てる。ぼくの彼氏だ。いいんじゃないの? とかれが言う。やつらのこだわるヒトの形状を経験してみるのも悪くない。
 それで、ぼくたちはそうする。今や過去の遺物となったヒトらしい存在がうようよいる箱庭にダイブし、ぼくたちはまたそこでヒトになる。


#3

ちいさな愛のものがたり

「だぁめ」

 愛瑠朱が人差し指を立てて僕を押しとどめる。漏れる舌打ちにくすっと笑って、「ちゅーまで、ね?」
 どこがい?と首をかしげてみせる、その目線を誘導する。うっすら色の乗ったリップで光るくちびるがゆっくり開く。
「ん、いい子」
 あむ、と咥えてみせるのも「ちゅー」に入るのか僕は知らない。知ったこっちゃない。
「あと一年半の我慢だよ」
 ほしがりません、勝つまでは。

 厳密にはあと一年と四か月と十二日で、愛瑠朱は成人する。
 戦争が始まったのは僕たちが小学校に上がる年で、三年生の時に学徒動員が始まった。機械兵を造るための物資も足りなくなってきて子供サイズのコクピットしか作れなくなったからって話だけど、本当かどうかは知らない。とにかく児童操縦士の登用が始まってしばらくして、女は初潮から処女喪失まで、男は精通から童貞卒業までが一番戦闘力が高いことが判ったらしい。そんなデータ取ってる余裕あったんだ。ふーん。とにかくそれで男女は成人まで挿入を伴う性交禁止になって、僕たちだって死にたくはないからどうにかこうやって挿入直前で我慢してる。

「大人になったらさ、いっぱいコドモ、つくろーね」

 産めよふやせよ、兵力を。


#4

君に、胸キュン

 中学に入学したとき、初めて話した女子が、僕を「糞虫」と呼んだ。
「あなたは糞虫だから、売店で牛乳買ってきてよ」
 僕は意味も分からず、彼女が床に投げた小銭を拾い、二〇〇ミリリットルの牛乳パックを買って教室に戻った。
「糞虫のくせに、よくできたじゃない。次も、あなたに命令するわ」
 彼女はクラスでもかなり浮いた存在で、なぜか僕にだけいろいろと命令をする。
「今日は暑くて死にそうだから、糞虫のあなたが、あたしを涼しくしなさい」
 教室にはエアコンがないから、僕は仕方なくノートをぱたぱたして彼女に風をおくった。
「まあ、糞虫ならその程度しか出来ないわね。あたし、本当は今、死ぬほど気分が悪いから学校を早退するわ」

 彼女はそのまま入院して、しばらく学校に来なくなった。
 しかしクラスでは、僕と彼女が変な関係を持っていることが問題になっていた。
「伊藤桃花さんは、井上シンジさんを“糞虫” と罵りながら、まるで召使のように命令をしていました。調べてみると、糞虫とは動物の糞を食べたりする昆虫の総称で、相手を中傷して見下すときの俗語でもあり……」
 クラスのホームルームでそう告発され、僕は恥ずかしくて顔を上げることが出来なかった。
「伊藤桃花さんの行為は異常で、見るに堪えません。従順な井上シンジさんは、伊藤さんへの恐怖心で誰にも相談できず、きっと苦しんでいるはずです」

 僕はその後、担任教師に呼ばれて、彼女のことをあれこれ聞かれた。
「嫌なことは我慢せずに、全部先生に教えて欲しいの」
 たしかに、僕は糞虫と呼ばれて絶望的な気分になったけれど、購買で牛乳を買ってくるなど、彼女の役に立てたことが嬉しかった。
「先生は新米教師だけど、君たちの関係はたぶん危険だと思う。伊藤桃花さんにも事情を聞かなくちゃね」

 彼女は退院して数日後、僕を体育館の裏に呼び出した。
「今夜、新米教師とクラスの連中の家に放火するから、あなたに手伝って欲しいの」
 僕は、意味がよく分からなかった。
「これは最後の命令よ。今夜零時に、校門の前で待っているからね」
 僕は、なるようになれと覚悟して真夜中の校門に行ったが、約束の時間を過ぎても彼女は現れなかった。
 結局、僕は校門の前にで眠り込んでしまい、目を覚ますと、朝の光の中に彼女の顔が見えた。
「あたしが本当に、放火すると思ったの?」
 彼女は、僕の頭をぐちゃぐちゃに撫でた。
「今日は休日だから、デートしましょ」


#5

畏怖太郎

 川を桃が流れている。
 それを取ろうとした老婆の手をすり抜け、海まで流れていく。
 流れ着いた島で、熟れた桃から赤子が顔を出す。赤子は岩につかまり立ち、おぎゃあ、と泣いた。一部始終を見ていた娘がこらえきれず笑った。
 六尺を超える頭領の前でも赤ん坊は泣かず、畏怖太郎と名付けられた。
 連れてきた娘に育てられ、畏怖太郎は15で島の稼業に加わる。稼業は漁と、稀に海賊。

 ある商船から荷を奪うとき、狐目の男が頭領に会わせろと言った。
 会わせるか、会わせないか、畏怖太郎の前に選択肢が浮かぶ。
 会わせない、を選び、男を縛り上げて引き上げた。
 四日後、本土から武士が攻めてきた。女子供を逃がす途中、畏怖太郎は矢を受けて死んだ。

 狐目の男が頭領に会わせろと言った。
 会わせるか、会わせないか、畏怖太郎の前に選択肢が浮かぶ。
 会わせる、を選び、男を連れて引き上げた。
 男は近くの領主の使いだ。島と領主の協定が結ばれ、海賊稼業は領主の敵限定となり稼ぎも少し奪われた。しかし、本土との交流機会が生まれ、やがて稼業に焼き物も加わると島は栄えた。

 ある日、畏怖太郎は本土の砂浜で海亀を虐めていた子供を叩きのめした娘と出会った。亀を食べようとする娘に畏怖太郎は交易品の甕を渡しやめさせた。島で亀は神使であった。それが縁で、畏怖太郎はその娘と夫婦となり、間に五人の子を儲けた。
 畏怖太郎が頭領になった頃、島に病が流行った。島民の三分の一が死に、最後に畏怖太郎の妻が死んだ。
 畏怖太郎は泣かず、だがその晩自死した。

 時折、畏怖太郎の前には選択肢が浮かぶ。
 そして死ぬとその前の選択肢に戻る。
 畏怖太郎は巻き戻り、流れ着いた行き倒れを隔離して島から病を切り離した。
 妻は病で死ななかったが、同じ日に火事が出て、娘をかばって死んだ。畏怖太郎は巻き戻した。しかし次も妻は同じ日に死んだ。
 巻き戻す。死ぬ。巻き戻す。死ぬ。巻き戻る時間が長くなる。

 畏怖太郎の目の前に選択肢が浮かぶ。
 畏怖太郎は浜に手をつき、むせび泣いた。
 畏怖太郎が頭を垂れたその先で娘が海亀を虐める子供を叩きのめしていた。

 やがて近くで声がした。
「なんじゃ、情けねえ」
 溌剌とした声だった。
「うめーもん、食べさせちゃるけぇついてーで」
 お前らもじゃ!と子供らも呼ばう。
「……声のでけー女じゃ」
「なんじゃ、コラ。泣かすぞ」
 畏怖太郎は泣きながら笑い、そしてまた立ち上がる。


#6

蝦夷小車

 海を見ていた。
「君、ここの人?」
 道から外れよたよたと歩いてきたその女性は、小柄な身体に不釣り合いな大きさのザックを背負っていた。第一村人に思い切って話しかけてみた、という感じの顔をしていた。
「じいちゃん家なんです」
 僕は後ろの家屋を指差した。夏休み中、受験勉強のために滞在していたのだ。行き詰まると浜の近くまで出て、遠くを眺めるのが習慣になっていた。
「ここ、ちょっと置いてもいいかな」
 その人はオーバーサイズのTシャツを揺らして重そうなザックを下ろした。
「乗り継ぎ待ちですか」
 近所の駅は列車の接続が悪いらしく、旅客がよくカメラなんかを手に徘徊していた。
「そうだよ」
 一人旅の途中だという。聞けば学生で、大学のレベルは僕の目標より上だった。その人も僕の隣に立って手を後ろに組み、水平線を眺めた。
「海、綺麗だね」
 僕は同意した。斜め下にある胸元が目に入りそうで緊張した。これは逆ナンか? なんて思ったところで、
「あっ見て見て、ヒトデがいる」
 と彼女は走り出し、浜に降りていった。慌てて追うと本当にヒトデがいた。それまでは空と海と浜しかないと思っていたのに、波打ち際には赤や青や黄色の原色的なヒトデが驚くほどいた。
 面白くなり、彼女と僕は浜辺を探索した。巻き貝を被ったヤドカリ、色ガラスの空瓶、誰かに置き忘れられた白いテディベア。発見した物全てが真新しくて、次の瞬間には無性に懐かしかった。
「オバケたんぽぽ!」
 岩陰を見て彼女が言う。黄色い花が太い茎にいくつも咲いていた。こんな所に花なんてあると思わなかったから、確かに一見すると異様だった。しかし花の雰囲気はたんぽぽと少し違う。どちらかといえばーー
「ひまわりみたいじゃないですか」
 淡黄の小さな日輪たちが顔を寄せて静かに笑っている。彼女は「えーそうかな」と何故か照れ臭そうに言いながら観察していたが、おもむろに花のひとつをもぎ取ると、頭に添えてこちらを向いた。

 今年も花が咲いた。
 彼女のいた大学に入り、教わったサークルを訪ねたが、二年になるはずの彼女は既に退学していた。同期だった先輩でも連絡がつかないらしく、得た情報は地元の場所だけだった。
 夏が来るのが待ち遠しかった。あなたの痕跡に、いちいちあの花を想った。僕の大学生活は花だらけだ。もし会えたなら文句を言ってやろう。
 今日が出発日、ここが出発点だ。列車の時間を待ちながら、僕は海を見ていた。


#7

Buying God Buys

Buying God buys. Buys what? He buys everything. Everything created and value-added. Buying God buys. From whom? He buys from everyone. God pays for whatever created by human beings.

There is a factory suffering from demand shortage causing impact on its operation. Company employee reports to factory manager,
“Sir, we cannot keep factory operation. We don’t have anything to produce”
Factory manager smiles and says,
“Don’t worry, produce whatever we can produce, assemble whatever we can assemble, with the maximum capacity. Never mind of overstocking because”
“Because?”
“Buying God Buys”
“Buying God?”
“Buys”

After his purchase, God leaves everything behind. Seeing Buying God left, people dispose these goods secretly. Products with best efforts are abandoned without any attention paid. Automotives, books, computers, donuts, engines, fictions, guns… They are all produced and abandoned immediately after God Buys.
Buying God Buys. People produces. Only prayer is consumed, but prayer never runs out.


#8

外野

「一緒に帰らねーの?」
「は?」
下足箱からスニーカーを取り出そうとして、声の主の方を見る。
「一緒に帰るけど?」なに言ってんの?
「ちげーよ。俺じゃなくて彼女と。付き合ってんでしょ?」
スニーカーを履きながら「あぁ、そういうこと」と返す。
「帰る方角違うからね」そう言って友人を見たら、「あぁそう……」って返ってきた。

「中島くんは?」
「帰ったんじゃない?」
「ねぇ、付き合い始めてから一度も一緒に帰ったことないよね?」
下足箱に上履きを入れながら親友が言う。
「だってさぁ」と言うと、「なに?」と返ってきた。
「方向違うのに、一緒に帰るとか非効率じゃない?」
「は?」

「ねぇ」
名前を呼ばれたわけではない。
誰もいない廊下で声をかけられたのだから自分だろうと思って振り返った。
「あ〜」名前がわからないことに気が付いた。中島の彼女の友達だってことだけ分かる。
「中島くんの邪魔しないで!!」
なんで怒ってんの?
「え〜っと、話が見えないんですけど……?」
「はぁ?」
余計に怒らせたみたいだったが、彼女が一呼吸した。
「あなたがいつも中島くんと一緒だから、中島くんアキのこと……」
あぁ、そういうことか。
「それは、そっちも同じじゃん」
「私のせいだっていうの?」
「俺のせいでもないけど」
彼女はムスッとして俺を睨みつける。そんな顔されても困る。
「アレはアレでうまくいっているみたいだから、外野がどうこう言うべきじゃないんじゃない?」
そう言って俺は彼女に背を向けて歩き出した。
ただ、彼女にそんなことを言っておきながら、想像していた彼氏と彼女ではないふたりに、モヤモヤ、ヤキモキしているのは俺も彼女も同じだ。
付き合っていたらもっと一緒にいたいとかないのか?

「素敵なお式だったね」
「うん」
「きっと好きだったんだよね、高校の時からずっと」
あのふたりの話になると、必ず高校生の時の話になる。数年前に再会し、付き合い始めたって知ったあの日からずっと。
「そんなに好きなら付き合えばいいのに、って言ったよ俺」
「私も言ったよ〜」
「で、ふたりとも「好きじゃない!!」って言うでしょ? 意識しまくりなのに」
可笑しくてふたりで笑う。
「私も結婚しようかな〜?」彼女がこっちを見る。
「結婚式がしたいの間違いじゃなくて?」俺は苦笑いする。
「う〜ん、どっちだろう?」彼女が眉間にしわを寄せて腕組みをする。
それがなんだかおかしくて、クスっと笑ってしまった。
「決まったら教えてね」


編集: 短編