第240期 #7

あなたがくれるもの

月曜日の朝、いつもならコーヒーの匂いがするのに今日はしなくて、あぁそうか、と昨日の出来事を思い出す。喧嘩したんだった。
顔も見たくないと言われて、いっちゃんの実家から後ろ髪をひかれながら帰ってきた。
お湯を沸かすために電気ケトルに水を入れ、セットして、スイッチを押す。
インスタントコーヒーの粉をマグカップに入れて、ケトルがカチッと音がして、お湯を注ぐ。
コーヒーの匂い。インスタントだし誰が淹れても同じ匂いなんだと思うんだけど、いっちゃんが淹れてくれた方がおいしそうな匂いがする。
冷凍庫に入っていた食パンをトースターで焼いて、遅めの朝ごはんにする。
トーストをかじって、また溜息が出た。
味が違う。本当にいつもと同じパン?
いっちゃんは、誰がやっても同じだよ、って笑っていたけど、いっちゃんが作ってくれた方が絶対においしい。

結局、昨日は迷って電話でもしなかった。だって、顔も見たくないって。声だって聞きたくないんじゃないかと思ってしまう。
それでも、声が聞きたいし、会いたいって思っちゃう。
この状態あとどれくらい続くの? 自分が耐えられない。まだ、1日しか経ってないけど。
1日しか経ってないけど、もうずっといっちゃんがいないみたいな雰囲気が家の中に漂ってきている。理由は全然わからないけど、使って戻したはずの物の位置が微妙に違うから?
今日1日耐えたとして、明日は俺大丈夫なのかな?
変な不安がよぎる。
電話して、謝ればいいんだってことはわかっている。でも、いっちゃん本当に怒ってて。あの時を思い出したら、どうしたらいいのかわからなくなる。
電話だって出てくれないかもしれないじゃん。電源切られているならまだしも、着信拒否られてたら俺もう立ち直れないかも。

でも翌日、耐えきれずにいっちゃんの実家に向かった。
出てきたおばさんに「こんばんは」と声をかけて中に入る。
いっちゃんの部屋に近づいていくにつれてドキドキが強くなる。
部屋の前で「いっちゃん、開けるよ?」って言ったら、中でバタバタと音がして、ゆっくり薄く扉が開いた。
「零くん? どうしたの?」
隙間から見えるいっちゃんがもどかしくて、力を入れて扉を押し開く。
「寂しくて、会いに来ちゃいました」
そう言って、いっちゃんのことをギュッと抱きしめる。
「ゴメンね」って言ったら、いっちゃんが腕の中で首を振った。
いっちゃんの体温とか匂いとか、やっぱり好きだ。
「明日、一緒に帰ろうね」



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