第24期 #28

愛を。自由を。

 どうすれば人を愛せるのか。
 美しい女は愛された女であるなんて言われるが、彼女達は人を愛したのだろうか。愛したから愛されたのか。愛されたから愛したのか。マリリン・モンロー。マレーネ・ディードリヒ。ミニスカートのティギー。彼女達は人を愛したのだろうか。愛さずに美しかったのか。マリリン・モンローが何処かの野球選手と結婚したのは知っている。ショックを受けはしたが、すぐに離婚したことも、あたしは知っている。彼女は、もう五十年も前に死んでいる。そして今は、今は、今は、今は。今はいつだったか。
「書けばいいじゃない」
 あたしの隣りの席で、女がメイクをしながら言う。
「書けば良いじゃない。そして今がいつか決めればいいじゃない」
「そうね」
 あたしは彼女のメイク道具を手に取る。黄色のアイシャドウ。あたしは半裸のままで鏡に向かう彼女の胸に、数字を書く。
「2009」
「うん、2009」
「ふうん、2009ね。これで良いの? もっと自由に書いて良いのに」
「あたしこれで良い」
「四桁で良いの?」
「四桁で良いや」
「遠慮しなくて良いのよ」
「うん。大丈夫」
「そう。じゃあ、あたしは作るわ。あなたに、あたしに、服を作るわ」
 彼女はメイクを終えると、忙しそうにトランクケースを開け、中からごっそりと服を取り出すと、それを切ったり縫ったり、また切ったりを始めた。
「あたしは服を作る。今日のファッションショーのために服を作るわ」
 控え室を出る。カーテンを潜り、ステージの中央へ。ファッションショーはまだ始まっていない。人々はがやがやと、とりとめも無くがやがやと喋ったり飲んだり食べたり、音楽に合わせて踊ったりしている。
 フロアの隅には美しいワンピースを着た、黒人のモデルが、その長い足をゆったりと組んで座っている。ひどく痩せていて、ひどく美しい彼女は、片目であった。左の瞼は大きく縦に切り裂かれ、右目は、窓の外を見ていた。彼女はきっと誰かに左目を捧げたのだろうなとあたしは思う。それくらいに人を愛せた彼女を、羨ましく思う。どうすれば人を愛せるのか。あたしは羨ましく思う。
 音楽はけたたましく鳴り、ライトは眩しく光り、あたしは目を瞑る。目を瞑ると、音楽よりも、七色に煌めくライトの眩しさよりも、外に降る雨の音の方が気になってしまう。あたしは目をもう一度開け、そして半分だけ、閉じる。ファッションショーはまだ始まらない。夜はまだ、明けない。



Copyright © 2004 るるるぶ☆どっぐちゃん / 編集: 短編