第24期 #26

少年

 線路沿いの道は雑草だらけで、半ズボンの脛にカヤの細い先があたる。強烈なかゆみに襲われ手を伸ばして思い切り掻くと、肌に斑点が浮かび上がった。まるで夕日の飛沫のようだ。掻くたび数を増す赤い点を覗き込む。頭がくらりと傾いて、気がついたらしゃがみ込んでいた。足元で虫が繰り返し跳ねた。腰を上げ、一歩一歩草に踏み込んでいく。列車の走ってくる音が聞こえた。列車の通過したあと鉄橋をくぐり、一面の田んぼを見渡す。田んぼは山裾まで続いていた。そこに藪があった。

 ハミがいるから気ぃつけないかんよと言った母親の声を思い出していた。風が吹き、足に枯れた藁が巻き付いた。ひぐらしが鳴いている。頭が割れそうに痛んだ。藪に近づくと風は一層強く吹いた。ハミがいるのかもしれないと警戒する。
「いるのは大抵子供のハミさ。必ずそばに親がいる」
あの時、咄嗟に脱いだ父親の下駄で少年はハミを叩き続けた。下駄は緑色に染まった。ハミはところどころ赤身をむき出しにして動かなくなった。少年は自分の身体がハミになって、草むらに横たわっているように思った。教わらなくても虫が跳ねるように、誰に聞いたわけでもないのに少年はハミに自分の姿を映した。自分が死んでしまったという恐怖に走り出し、もう片方の下駄も途中で放り出してしまった。玄関で盆提灯がからからと回っていた。

 鉄橋の向こうでは、波が静かに打ち寄せている。夏の長い夕暮れが終わり、遠く家々の門灯がまぶしい。灯りを目にしたあとではよけいに、藪の暗闇は濃い。家の方角に高い合歓木があったはずだ。薄紅色に散った小さな刷毛を目印に少年は走ったのだった。だが、どこまで行っても藪から抜けられない。脛を冷気が走る。少年の身体は潮風に湿り、ちぎれた草がまとわりつく。カヤの先で切れた場所から細く血が流れ、立ち止まると一気に汗が噴き出した。いろんなものが身体の表面をぬめらせていた。やはりハミに呑まれたのだと少年は思った。そしてまだあの道を走っている。走っても走っても、合歓木はどこにも見あたらない。



Copyright © 2004 真央りりこ / 編集: 短編