第24期 #24

茅の輪くぐり

 茅の輪くるり、君がくぐり。神社の境内にある蛍光灯は、バランスのいい数、ニ、のあたしと君を照らして止まない。ねえねえこの光ってば菅公の雷光の一千分の一かしら、そう言うと君が笑って、一万分の一にも満たないよ、と言った。
 あたしは高校生になったお姉ちゃんが、唇と爪を真っ赤に塗りたくっているのを見て、無性に悲しくなって、つい金魚に向かって吠えてしまったのだった。どうしてあの子のことを急いで忘れたがるのか分からないから、勢いのままに二つの紅をお姉ちゃんの観葉植物に塗りつけると、昔より耳障りな怒声。微笑でバカにしてみます、君の眼差しの取り分を羨んだ分だけ。
 茅の輪くるり、君がくぐり。ほんの少し出たところの大通りには、夜の10時をすぎても車がたくさん通り過ぎるけれど、神社に流れる時間は静かだった。うぶすなって何、そう言うと君が笑って、その人を産んだ故郷の土さ、と言った。
 今日だって君の手紙がポストにあって、夜に会おうって書いていたのに、お姉ちゃんは見向きもしなかった。あたしが何度も腕を引っ張ったのに無視するから、ずっとあの子待っているのにひどいよって呟いたら、目を大きく開いて、だって気色悪いじゃないって怒鳴られた。何でそんなこというの、とあたしが叫ぶと、逃げるように早口で、だって年を取らないからって。
 茅の輪くるり、君がくぐり。ヒトガタを体の悪いところに当てただろう、と尋ねてくる。あたしが頷くと君は、ここのご神体はただの絵にしかすぎないんだよ、と言う。気がつくと茅の輪の真ん中の向こうは夜よりもさらに暗かった。
「君は昔ヒトガタからこぼれ落ちた悪いもので、神さまに見つからないように、お姉ちゃんを連れていこうとして、でもそれができないからあたしを」
 もうバランスの悪い数、三、にはならないことを知っている君は苦笑いをした。あたしはお姉ちゃんの代わりで、君は人の代わり、神さまさえも代わりであるなら。イヤだと答える代わりにこう言うしかない、……連れてって。

 茅の輪くぐり、あたしがくるり。暗闇があたしを撫でる。それが気持ちよくてくすぐったくて鳥肌さえ立ってしまったけれど、夏の夜の蒸し暑さはいつまでも変わらなくて不快だった。
 気がつくと人の腕の中。朝日が照らす心配そうなお姉ちゃんからは昨日の紅がなくて、君がどこにもいなくて、あたしは泣きそうになる。



Copyright © 2004 朽木花織 / 編集: 短編