第24期 #20

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 革張りの重たいドアをあけて暗闇のなかへ入る。カタカタと映写機の回転する音がきこえるほどの、小さな空間におしあいながら人々は白黒のグレタ・ガルボに魅入っている。
 デジタル化が進んで絶滅の危機にあるフィルム。そのフィルムで映画を観るためのレトロな上映会だった。
「映画館の半分はね、まっ暗なのよ」
 子供のころ休みになるたびに映画に連れていってくれた伯母は、上映開始を待つ行列でいつも同じ話をした。映画は1秒間に24枚の写真がつぎつぎとスクリーンに映しだされていくもので、1本の映画は2時間ぐらいだから1万7千枚も写真を見たことになる。しかも映写機にはシャッターがついていて、1枚の写真を映すと、すぐに消し、同じ写真をもう1度映し直している。
 映写機から飛び出した光がスクリーンに反射して、僕の目に飛び込み、そこに娼婦の衣装をつけたグレタ・ガルボが現れる頃、映写機は光を閉ざし、映画館は暗闇に包まれている。
「映画を観る人はみんな、暗闇を観て、泣いたり笑ったりしてるの」
 伯母はいつもしゃれたドレスを着て、細くて長い煙草を吸っていた。
≪ならばこの剣でその赤ん坊を半分にしてやろう。半分ずつつれて帰るがよい≫
 スクリーンのなかでソロモン王がいった。
 ひとりの子供を自分の子供だと譲らなかったふたりの娼婦は息をのんだ。
≪どうか、どうか生きている子をあの女に与えてください≫
 娼婦のひとりが嘆願する。
≪殺すことだけは……≫
 裁きは半ば終わったようなものだが、ソロモン王はもうひとりの娼婦グレタ・ガルボに目を向ける。カメラも彼女をアップにする。
≪半分にしなさい≫
 白黒のグレタ・ガルボはまっすぐ私を見ていた。
≪半分にしなさい≫
 あまりの美しさに映画館全体がため息をついていた。
 十八のとき事件をおこして私は町を出なくてはならなくなった。最後の夜、伯母はいつなく酔っていた。
「利江が育てればこんなことにはならなかったかしら」
「そんなこと関係ない」
「……あなたは双子だったのよ。利江はあなたを産んで一年ほど病院にいたのよ。一年後に利江が死んで、お腹をあけてみたら、お腹から出てきたそうよ」
 映画館からの帰り、公園を見つけて私はブランコに飛び乗った。
「ねえ、もっと自分を大切にして。あなたはあなただけじゃないんだから」
 ブランコを漕ぐと、夜空も星も街も地面も隣の誰も乗っていない停止しているブランコもぐらぐらと揺れ動いた。


Copyright © 2004 逢澤透明 / 編集: 短編