第24期 #19

イタリアのものが好き

「どう?この店の雰囲気」愛はメニューをテーブルの脇にしまい、向かいの善にナプキンを手渡した。
「聞いてないなぁ」善はナプキンで鼻をかみ、丸めて灰皿へと落とし込んだ。「僕はイタリアンがいいって言ったんだけど」
「だから『イタリア』っぽいのにしたんだけど」
「いや、僕が行きたかったのはこういうのじゃなくて」
「これでも色々調べたのよ」頬杖をついた愛は、落ち着き無く辺りを見回す善を見て、目を細めた。「気取った店は嫌だっていうから、ガイドを見たりしてね」
「確かに僕は、気取った店は嫌だって言ったけどさぁ」
「それじゃ訊くけど、善はイタリア料理いくつ言える?」
「よーし任せろ」
得意げに腕を組んだ善は軽く目を閉じ、天井を見上げた。
「ええと、スパゲッティ、パスタ、ピザと、ええ…」善の口はそこで止まり、天井を見上げたまま唸り続けるだけとなった。愛が善の肩を叩いたのは、その直後だった。
「ほら善、『ピザ』来たわよ」
「お待たせしました、イタリアンもんじゃです」善の側に現れた店員の手には、ベーコンとトマトを山盛りにしたボールが握られていた。
「何がピザだよ」テーブルに置かれた『ピザ』のボールに、善は憮然とした表情を向けた。そのボールを愛は取り上げ、具材をキャベツと共に鉄板へ落とし込んだ。
「焼くのは私に任せてよ」愛はてこで具材やキャベツを炒めながら、ボールのだしにソースを流し込んだ。「『パスタ』の方は、善でも出来るでしょ?」
「『パスタ』って…」ぼやく善の前に、再び店員が現れた。
「お待たせしました、キムチ焼そばです」
「はい、『パスタ』来たわよ」キャベツで土手を作りながら、愛はてこで焼そばの皿を指した。
「『スパゲッティ』だろ?」
「いいから『パスタ』焼いてよ」土手を固め終えた愛は、一気にだしを鉄板に流し込んだ。
「というかそういう言い換えってどうだろ?」
「善のいうイタリアンなんて結局こんなものよ、スパゲッティがパスタの一部だってことも知らないで」
「いや、まあ、そうだったか…?」額を押さえて考え込みはじめた善に、愛ははがしを投げ渡した。
「そろそろ焼けるわよ」だしの沸騰を確かめた愛は、『ピザ』を一気に混ぜ込みはじめた。「食べるときはそのはがしを使うのよ、『パスタ』は適当な隙間で焼いて頂戴」
「…」薄く引き延ばされる『ピザ』を憮然と眺めながら、善は烏龍茶を一口飲み込んだ。



Copyright © 2004 Nishino Tatami / 編集: 短編