第24期 #16

のこったのこった

杜夫は五十歳、会社内でも窓際になりかけている。毎日晩酌で憂さを晴らす日々。杜夫には義範という高校二年生の息子がいる。演劇部で、最近彼女ができたらしい。ある日、晩酌をしていた。そこに義範が帰ってくる。ヘアコロンで臭いと、杜夫は義範の頭を小突いた。すると義範は杜夫に歯向かって、頬を殴った。鼻から血を噴く杜夫。杜夫の家庭での権威は地に落ちた。学生時代は小柄ながらも相撲部で鳴らしたものだった。息子からこんな仕打ちまでされることに人間としての尊厳を傷つけられた気がした。このプライドをどこかで回復することが、杜夫の命題となった。杜夫は相撲の稽古を再開した。四股、てっぽう、すり足などの基本動作を身体から呼び覚ますように近所の境内で密かに行った。あるとき、義範の担任須永から電話があった。話を聞くと義範が不純異性交友で指導を受けているというのだ。なんでも、相手役の女子高生と居残り稽古と称しては、体育館のステージの袖で毎晩セックスをしていたことが警備員に見つかり学校の知るところとなってしまったのだ。呼ばれた杜夫は教務室に入った。そこに担任の須永と義範がいた。杜夫はここぞとばかりに突進し、義範を殴った。義範は鼻血を出して倒れた。情けないという思いよりも、過日の借りを返せたという充実感の方が大きかった。須永はひと息ついて間に入り、一枚の文書を見せた。それは義範が書いた作文であった。数ヶ月前、父親を殴ってしまった自戒の念と弱くなった父が寂しいという内容だった。杜夫は居たたまれなくなった。義範は須永のとりなしもあり、二週間の停学処分とあいなった。義範を連れて、家に帰る杜夫。杜夫は残りの人生は長い、旺盛に生きなければと心に誓った。帰り道、稽古をした境内を通った。杜夫は義範に言った。一番取るか。義範はこの痣が取れたら胸を借りると笑い、すぐに殴られた痛みで顔を引きつらせた。



Copyright © 2004 江口庸 / 編集: 短編