第24期 #15

不明

 痺れる感覚に、じわりと意識が浮き上がる。
 薄く目を開ける。部屋は薄暗い。窓から差し込んでくる街灯の光のおかげで、この部屋は暗闇にはならない。天井の板の木目が人の顔に見えなくもない。微かな空気音と機械音が聴こえる。エアコンのタイマーはまだ切れていないらしい。身をよじろうとするが、その瞬間身体の痺れが強くなる。自分の身体なのに指一本動かせない。
 また金縛りだ。疲れていたり、考えごとをしながら眠るとたまにこうなる。身体は眠っているのに頭は起きている。あるいはその逆か。多少慣れてきてはいるが、だからと言って金縛りを解くコツを得ているわけではなく、勘弁してほしいものだと思う。
 耳鳴りがする。誰かが耳元で騒いでいるような。もちろん専門家にでも聞けばその原因も簡単にわかるのだろうが、あまり気持ちの良いものではない。うるさい、と心の中で呟きながら腕に力を込める。
 身体のどこかを動かせれば金縛りは解ける。経験上それはわかっているのだが、毎回苦労する。懸命に力を込めているが、身体はまるで動かない。妙に疲れる。一旦力を抜いて息をつく。耳鳴りがする。罵倒のように聞こえる。意味のない幻聴の連なりに悪意を感じる。息を止め、また力を込める。しばらくして緩める。何度となくそれ繰り返し、やがて跳ねるように腕が動いた。
 痺れが取れる。はぁ、と大きく息をついてから身体を起こした。強く心臓が鳴っている。何度も浅く息をした。そのとき、

「……惜しい」

 耳元で確かな声がした。ひんやりとした何かが首筋に触れる。一瞬、呼吸が止まった。首筋の感触。人の手のように思える。だが、この部屋に自分以外の人間はいないはず。いや、手にしては、人のものにしては、明らかに冷た過ぎる。
 ふいにエアコンの音が消えた。タイマーが切れたのだろうか。さほど意識していなかった空気の流れが止まる。首筋にはひんやりとした何かが触れたまま。静まり返った部屋の中で、自分の心臓の音だけが耳元で響いていた。

「……また明日の夜にでも」

 再び声が聞こえた。そしてすぐ、首筋の感触が消える。
 しばらくしてから深く息をつく。何をする気もおきず、ただ深呼吸だけを繰り返した。心臓はどくどくと鳴り続けている。気のせい、気のせいだ、と呟く。夜が作り上げた幻聴、幻覚に過ぎない、と。呟きながら、何気なく首を後ろに傾けた。
 天井。見慣れたはずの木目。歪んだ笑み。
 頬が引き攣る。


Copyright © 2004 西直 / 編集: 短編