第24期 #12

エンジェリング

 天使とは本当にいるものなのでしょうか と僕が彼女に聞きますと、彼女は寝転ぶ僕の髪の毛 その細い白い指でもってなでつつ、微笑みました。

「神の使いという意味なのでありましたら、私は天使はいないと思います」

「何故ですか」

「神などいないじゃあ ありませんか」

 なるほど そうですかと僕はうなずき、彼女の指をとって、その長い爪 くちびるで押します。

「それでは何故 天使は清らかだといわれているのでしょう」

「色欲を汚らわしいと思うひとたちが、善と悪とでありますところの 天使と悪魔を分けるときに 善なるは色欲を知らぬものとしたからでしょう」

 彼女は僕のくちびるに爪をたてます。

「色欲を知れば ひとは悪魔になってしまうのでしょう」

 僕は舌先で 彼女の爪をなめ 聞きます。

「ならば今の僕は天使なのでありましょうか」

「その通りです。けれど あなたもいずれ、色欲を知り ほかの大勢とおなじように 手近な女体であります私を求めるのでしょう」

「おぞましいのですか」

「恐ろしいのです」

「僕はいかがするべきなのでありましょう」

 彼女は僕の頭をゆっくりと持ち上げ、その 長いまつげでもって 僕の目を射ります。

「天使のままでいたいのですか」

「あなたに嫌われたくないのです」

 指の一本一本が僕の首筋にかかり、彼女の吐息と 目線が 僕の素肌をちりちりとかじります。彼女は赤いくちびるを動かし、舌先をほろり のぞかせ

「天使は 両性具有者と聞きます。男女両性を携える存在なれば、色欲はないと考えられたのでしょう。しかしそれはまったく愚かしいこと 両性があるからこそ色欲が生まれるのです」

「それでは、どうすれば」

「天使とは性のない存在であることがのぞましいのです。あなたは 女性でなく 男性でなく 両性具有者でもありえない存在となるのです。あなたの年齢でありましたら、きっとうまくゆくことでしょう」

 彼女はしゅるりとナイフを取り出し、寝転んでいる僕にかぶさって、光る刀身を 僕のしたで 振り上げました。

 けれど 天使となったその一瞬で 僕の目からは彼女の姿が消えてしまって

 ぽろぽろと血液が足をつたい 流れ すべり落ちてゆくのがわかるのですけれど、どんなに意識が覚醒しても、彼女の姿はどこにも ない

 僕は あまりにも 大切なことを忘れていた   ずっと以前から天使でなくなっていた彼女は、天使となった僕と 共存することはできないのです。



Copyright © 2004 神藤ナオ / 編集: 短編