第24期 #1
愛玩しているという意味でならそれをペットと呼んでいいだろう、私はゴキブリを飼っている。小学生の頃、弟が蛍を飼っていたときに使っていた黄緑色の檻の中に三匹のゴキブリがさわさわと羽根を動かし、朝となく夜となく蠢いている。スイカの皮に愛おしそうにしがみついているものもいれば、狭い空間を好奇心旺盛に飛び回るものもいれば、また隅の方でぐるぐると回転しているものもいる。三者三様。ゴキブリにも人並みに個性がある。
私は思わず八重歯を出して微笑み、プラスチックの窓をこつこつと叩いた。
普段は台所のテーブルに虫篭を置いているものの、人が来るときはさすがに見えないところに場所を移す。どこにというと、クローゼットの片隅に隠しておくのだ。本当ならベッドの下に置いておきたいところだけれど、そうしたらセックスの最中に見つけられ、酷い目に会ったことがあるからだ。
「何なんだよ、それ?」
「見ればわかるでしょ」
平然と虫篭を拾い上げ、それを膝の上に乗せた私を見て、男は反対側の壁際に身を寄せた。
「どうしてそんなもの飼ってるんだ? 気でも狂ってるのか?」
私はプラスチックの窓を開け、おとなしめの一匹を指に乗せて投げた。男は悲鳴を上げて身を翻したが、哀れ萎えたペニスに見事命中してしまった。
そのゴキブリは残念ながら命を失った。無理解な男にスリッパで何十回となく叩き潰されたのだ。
それきりその男は部屋には現れなかった。電話さえ掛かってこなかった。どうしたものかと思っていたら数週間後に知人から連絡があった。トンネルで起きた玉突き事故に巻き込まれ、無惨な死に方をしたのだそうだ。
クローゼットの中ならゴキブリたちが活動する音も聞こえないので安心だ。どこにいても心は繋がっているので何の心配もない。いつもの場所に虫篭を置き、そっと扉を閉めたところでドアベルが鳴った。
「会いたかったわ」
私は男の背中に手を回し、唇を重ねて甘い声を出す。心に三匹のゴキブリたちのことを思い浮かべながら。
ゴキブリを飼い始めてもう二年になる。何故だか分からない、それ以来私はひどくたくさんの男達に言い寄られるようになった。そしてセックスでこれまでにないオルガスムを感じるようになった。
以前の私を知っている女友達には変わったねと言われる。「ゴキブリたちのおかげよ」と涼しげに答えると、彼女らは決まって無邪気に苦笑いした。