第239期 #8

日々是山崎

「はい、転居手続きはこれで終わ あっ」
 窓口のお姉さんは渡しかけた住民票を見直したあと、バツの悪そうな顔をしながら赤と黄色で構成されたペラ紙を取り出す。丸っこいフォントで「DY補助金」と書いてあった。もう帰れると思っていた僕は面倒な気持ちになる。
「江田さんは、補助金の対象になります」
 パンフレットに目を走らせる。区外から転居してきた人で、住居に最も近いCがDYだった者が対象で、最大二年間、月二千円もらえるらしい。
 バカにできない金額であるが、「住居に最も近いCがDY」の意味が全くわからない。

「このCとDYというのは?」
 指さしながら聞くと、お姉さんの身が固くなるのがわかった。なんとなくひそめた声で、
「Cは、コンビニエンスストアです」
「はあ、……あの、DYは?」
「いやその、ちょっと言えなくて、こう、察していただいて……」
 おずおずと差し出された区内の地図を見ると、爪の先ほどの蛍光ピンクが三つほど点在していた。ここが対象エリアらしい。
 DYの意味はすぐに分かった。分かったが、マジか?

「え、デイリーヤマザキですか?」
 こくこくと頷かれる。公務員という立場上、民間企業の名前を出せないのか。じゃあなんなんだこの制度は。
「デイリーヤマザキって、あの?」
「あの、です」やはりひそめた声。
「家から一番近いコンビニがデイリーヤマザキだとお金が出るってことですか?」
「そういうことになります」
 理解が追いつかない。

「えーと、なんでですか?」
「えー……っとですね、かわいそうだから、策定されたと聞いています」
 かわいそう。国からかわいそうとみなされるとは。
 とはいえ、もらえるものはもらいたい。これ以上気にするのはやめにした。東京はそういう場所なのだきっと。
 そう思えたのは、せっかく都内に越してきたのに一番近いコンビニがデイリーヤマザキだったらかわいそう、という感覚が、分からないでもなかったからだ。

 渡された認定証は、色画用紙にテプラを貼ってラミネートした簡素なものだった。隅もどう見ても直角ではない上に微妙に大きく、財布のポケットに入らなかった。
 二千円のために役所に行くのも面倒で恥ずかしい。口座振込なんてものはなかった。結局、一度も補助金をもらわないまま、二年が経った。

 なんだか捨てられない認定証が、まだ靴箱の上に置いてある。
 僕の家から一番近いコンビニは、今もデイリーヤマザキだ。



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