第239期 #7

暗闇で育っていく

 ぷつ、と肘近くの外側に小さなできものができた。見えない場所にあるから気にならないけど、いったん見えてしまうと何度も確認してしまう。痛みがあるわけでなし、腕を動かすのに邪魔になる大きさでもない。放っておこうと決めるが、いったん気になってしまうともう駄目だ。なんとなく鬱陶しくて、針先で突く。すると、ぷつ、と天辺から血が丸く立ちあがり、流れることなくそこに居座った。
 小さな二色の鏡餅は、ますます意識を占領する。痛みもなく、腕の動きに支障があるでもない。病院に行くほどではない。でも鬱陶しくて、カッターの刃を当てる。すると、ぷつ、と横から白い粘液が丸く滲み出て、流れることなくそこに居着いた。
 学習した。放っておけばいい。何もしなければいい。排除しようとしなければ、これ以上大きくなることもない。痛みもなく、腕を動かすのに困ったりもしない。見なければ気にならない。なのについ腕を返してしまう。小さな三色の団子は見かけよりもずっと大きく頭のなかを占領する。放っておけばいい。痛みもないし、腕だって問題なく動かせる。なのに気になって仕方がない。鬱陶しさが止まらなくて、鋏の刃で挟む。すると、じょわり、と両側から黒い粘液が丸く溢れ出て、流れることなくそこに根をはった。
 どんどん大きくなってしまう。見ない見ないと何度も頭のなかで繰り返すのに何度も何度も確かめてしまう。痛くないし腕だって動かせるし気にかけない気にかけないと何度も思うのに何度も何度も何度も見ちゃうし鬱陶しいしこんなものさえなければよかったこんなものがいるから全部全部うまくいかない。台所に立ちナイフを研ぎ全力で刃先を突き立て何度も何度も突き立て何度も何度も何度も何度も出てくるな出てくるな一生そこに閉じこもってろ見ない見ない見えない見えない。
 きゃー、と高い悲鳴が聞こえてきて、気づくと腕から大きな顔が生えている。突き立てた刃の分だけその顔は皺だらけで流れる赤い涙がその顔を伝い滴り落ち高い声で叫び続けている。
 こんな子知らない傷つけたのわたしじゃない知らない知らない顔をしわくちゃにして涙をこぼして知らない知らないこんな子知らない見たこともないし誰なのかもわかんない。
 閉ざされた部屋で粘つく涙を流して悲鳴をあげながら部屋の外からはずっとしゃりしゃりしゃりしゃりナイフを研ぎ続ける耳障りな音が聞こえてきてもうずっとずっとずっと
 いつまで!



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