第239期 #5

ハル・ナツ・アキ・フユ

 ハルは猫の名前で、いま蝶と遊んでいます。
 この家にハルがいつやってきたのか、私は覚えていません。
 ずっと前からいたような、今初めて見たような……。
「それにハルって名前、誰がつけたんだっけ?」
 そう話す女性は、私の妹で、この家に一緒に住んでいるのですが、自分に妹がいた記憶が私にはありません。
「ハルって名前は自分でつけたよ」
 声のするほうを向くと、猫のハルが、頭に蝶をのせながら喋っています。
「ハルは春に生まれたからハル。猫はみんな自分で名前をつけるよ」
「へえ、ハルはお喋りができたのね」と妹。「何となくそんな気はしてたけど……」
 そこで会話が途切れると、ハルの頭にのっていた蝶がどこかへ飛んでいきました。
「そういえば妹のあたしは、お昼に食べる素麺ができたから、兄のあなたを呼びにきたんだったわ」
 素麺を食べるということは、いまは夏なのかもしれません。
「あたしは秋に生まれたからアキで、冬に生まれた兄のあなたはフユで、今日はナツが家に帰って来るから夏の素麺にしたの」

 お昼の素麺を食べようとテーブルについたら、いきなりドーンと破壊音がして目の前が真っ暗になりました。
 目を開けて辺りを見ると、家の半分が壊れていて、妹が血を流しながら倒れていました。
「アキ姉さん、ごめんなさい。上手く着地できなくて」
 そう声のするほうを向くと、巨大なトカゲのような生物が私たちを見下ろしていました。
「ハルも、フユ兄さんも元気そうね」
 妹はウーンと唸りながら起き上がり、壊れた冷蔵庫の中から素麺と麺つゆを取り出して、巨大な生物の前に置きました。
「これから兄さんと素麺を食べるところだったから、丁度よかったわ」
 会話から察するに、この巨大生物がナツで、私とアキの妹のようです。
「ナツは、季節の夏じゃなくて、ドーナツのナツなのに、アキ姉さんはいつも素麺を用意してくれる」
「ドーナツも素麺も、同じ小麦粉で出来ているからいいじゃない。あなたのアキ姉さんは、ナツが帰ってきてくれたことが一番うれしいの」
 猫のハルは、いつのまにか巨大生物のナツの頭までよじ登って、何事もなかったように毛づくろいをしています。
「そういえばナツは、体を小さくできるんだった」
 そう巨大生物のナツが言うと、体がするすると縮んで、小さな女の子になりました。
「ここに来るまでいろんな敵と戦わなきゃならなかったから、自分が女の子だってこと、すっかり忘れてたわ」



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