第238期 #9

転生

 あの人は姿を消す前に、わたしに手のひらいっぱいの結晶を手渡した。
 「わたしはあなたのそばからいなくなっても、ずっとあなたを守る。あなたもこれを大事にして。そして、守るべきものを手に入れたら、その人にこれを渡して」
 あの人がそう言った途端に、手のなかのそれは消えた。目を上げると、目の前にいたあの人の姿も消えていた。幼い頃からずっとともに在ったあの人がいなくなったのは、初めてのことだった。
 それからずっと、わたしはそれを大事にしている。目には見えないけれども、それはずっとともに在る。そして、ずっとわたしを縛りつけている。あの人が示してくれた道から足を踏み外さぬように。あの人が示していたと同じように生きていくように。
 負担ではなかった。むしろ喜びだった。あの人が示していたとおりの行動をとった自分を確認して、安心を得る。あの人が口にしていたとおりの言葉を述べた自分を確認して、自信を得る。その姿が見えなくなってからもずっと、あの人はともに在り、わたしを守ってくれた。
 ある日、拾いものをした。小さな生き物で、ひとりでは生きていけそうにない、痩せ細った身体をしていた。守らねば、と思った。わたしよりもずっと小さな身体。ずっと小さな存在。この子が生きていけるように、守らねば。わたしはその子を抱き、家に連れ帰った。
 あの人と同じように、その子を育てた。あの人と同じように、その子を愛した。小さなその子はすぐに大きくなり、わたしを慕った。わたしよりもずっと大きくなったその身体は、いつまで経っても粗略で、少し目を離すと、すぐに周囲を破壊し、ずっと小さな生き物を死滅させてしまう。わたしはその子を諭す。あの人の言ったとおりの言葉で、あの人の示したとおりの道を。その子は言うことを聞かない。このままでは、あの人が守ってきたこの世界が壊れてしまう。
 そんなことにはさせない。たとえこの身が消滅しようとも。
 そうして、わたしは自身の存在をかけて、結晶をつくる。それは、その子を縛るもの。その子の動きを制御するもの。その子のあらゆる行いが、この世界の存続に捧げられるように。
 そうして、わたしは言うべき言葉を口にする。
 「わたしはあなたのそばからいなくなっても、ずっとあなたを守る。あなたもこれを大事にして。そして、守るべきものを手に入れたら、その人にこれを渡して」
 そうして、やっとわたしは消滅する機会を得る。



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