第238期 #7

ドラゴンのキキ

 ドラゴンのキキと出会ったとき、私は地面に横たわって星空を眺めていた。
 何かデカイものが近くにいるなということには気づいていたが、そいつにとって私なんか虫けらみたいなものだろうから、そのままやり過ごせるだろうと思っていた。
「お前に、ちょっと頼みがある」
 声のするほうを見上げると、そこには巨大なドラゴンがいて、どうやら私の命もここまでだなと。
「だから、オレにはお前を殺すつもりはなくて、ただ頼みがあるだけだ」
 ドラゴンはそう言うと、まぶしく光を放って人間の女の姿に変身した。
「オレは人間というものを知るために、お前にその手引きをして欲しいだけさ」
 私は、人間の姿になったそいつを見てキレイだなと思っった。
「人間の男は、たいてい女が好きだというから女の姿になってみたが、お前の好みに合っているか?」

 私はただの旅人で、ドラゴンの頼みを断る理由もなかったので、結局、女の姿をしたそいつと一緒に旅をすることになった。 
「オレはただのドラゴンで、まだ名前がないからお前がつけろ」
 私は、危機一髪でドラゴンに殺されなくて済んだから、キキという名前はどうかと提案した。
「名前の理由は気に入らないけど、キキって名前は悪くないな」
 私が、小さな紙に「キキ」と書いて渡すと、そいつは一時間ぐらい紙を眺めたあと、それを丸めて食べてしまった。
「これでオレはキキになったから、これからはそう呼んでくれ」

 私とキキは、行く先々の街で日雇いの仕事を数週間やって、ある程度金を稼いでは別の街へ行くという旅をずっと続けていた。
 仕事は、荷物運びや雑用などがあるが、キキは女の姿をしているからレストランや酒場のウェイトレスとして働いた。
「酔っ払いの男がよくからんできたり、体を触ろうとしてきたりするが、人間はこんなことで金を稼いでは食べ物を得ているのだな」
 大抵の仕事は、嫌なことを引き受けることでお金が貰えるようになっているのさ。
「オレには理解できないけど、人間は嫌なことをやり続けながら生きていく生き物なのだな」

 キキと旅を続けて三十年が過ぎたとき、私は旅を続けることにだんだん疲れてきた。
「じゃあオレと結婚して、どこかに家を見つけて、そこで子どもを作ったりして一生暮らすか?」
 ドラゴンと人間の間に生まれた子どもなんて、きっと酷い人生に決まっている。
「でもオレは、お前と一つになったら何が生まれるのか、それを見てみたいんだよね」



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