第237期 #10

ガベージ・コレクタ

 さて、今日もお掃除しますか。Cはひとり呟いて、廊下の清掃を開始する。自らの身長の倍近いモップを軽々と滑らせ、それにしてもこの服、ヴィクトリアンメイド型というの? いつまでたっても慣れない、と思うまでがルーティン。思考を雲上に追いやり、左から右、右から左へ、機械的にモップを掛けていく。
 先輩! 待って下さい!
 ルーティンは呆気なく中断される。振り向けば、Cとお揃いのメイド服を着た、背の高い少女が駆け寄ってくる。誰?
/今日から研修の、Dです。
 ああ……そうだった。
 遅れて申し訳ありません。
 そうね、次からは気をつけて。
 頭を下げるDに、どうしたものかと思案する。研修といっても何を教えればいいのやら。
 とりあえず後ろをついてくるように言い、Cは清掃を再開する。モップには半透明サイコロ状の情報子や、ノイズまみれのオブジェクトの欠片が絡まっている。こういう塵を集めて廃棄するのが私の仕事。虫がわくこともあるわ。ぎこちなく説明すると、Dは露骨に顔を歪めた。
 両側に並ぶ幾つものドアの前を通り、曲がりくねり傾斜する廊下をひたすらモップ掛けしていく。やがて右手の壁が消え、視界が開けた。
 うわ、とD。手摺のない外廊下が、カーブする壁に沿って上り坂になっている。眼下に広がる暗闇のなか、等間隔に並ぶ赤や黄、緑の光が点滅する。
 落ちそうで少し怖いですね。
 怖い? Cは手を動かしながら、首を傾げて聞き返す。返答はなく、Dは矢継ぎ早に質問を投げかける。
/この廊下ってどこまで続いてるんですか?
 さあ……。
/いつからこの仕事を?
 もう……忘れ……た……わ……。
/あなたはどの部屋に入れるの?
 Cがぴたりと動きを止め、体を軋ませて振り返る。笑みを浮かべるD。彼女の指は触手のようにうねうねと伸び、Cの首に突き刺さっていた。
/メイド部屋ともう一部屋入る権限がある。案内して。
 Cはモップから手を離し、まっすぐその部屋へ向かった。扉が開いてDが入る。
 この部屋は? 何も見えな、

 衝撃と轟音がDの声を遮断した。無数の牙が下向きに生えた巨大生物の上顎が、Dをぐちゃぐちゃに噛み砕いた。床と上顎の隙間で、牙を伝って血が滴り落ち、Cの足下に赤い池が広がる。それもすぐに情報子に分解され消失した。
 ここは廃棄処理室。塵を集めて廃棄し、虫を駆除するのが私の仕事。Cはひとり呟くと、モップを取りに急いだ。さて、お掃除を続けますか。



Copyright © 2022 Y.田中 崖 / 編集: 短編