第236期 #7

ストップ・ウォー・イン・ザ・クローゼット

「オウ、これは」
「ウォークインクローゼットだね」
「ツネヒゴロから気になっていたんデスが」
「何?」
「何なんデスか? ウォーキンて」
「歩いて入るんでしょ」
「歩く意外に入る方法ありマス? ランニンクロゼットありマス? 出るときはウォーカウトクロゼットデスか? 座って入ったらシッティンクロゼットデスか?」
「新種のクローゼットを作るな」
「立入禁止の看板デスか? 座って入れば大丈夫? 小学生の論理デスか? コノハシワタルベカラズ? 一休サンデスか?」
「一休さんが小学生みたいになってるから。真面目に答えると、通常クローゼットは」
「ノーマルクロゼット」
「ノーマルクローゼットは歩いて入れないけど、ウォークインクローゼットは歩いて入れる」
「シッティンクロゼットは座って入れマス」
「小学生なの?」
「スタンダップクロゼット」
「立つな」
「スタンダップ! スタンダップ、クロゼーット!」
「トゥモローズ・クローゼット?」
「リメンバー・パールハーバー」
「急にきな臭い」
「トツゲキ! ランニンクロゼット!」
「規模が小さい」
「クロゼット半島はユーロップの火薬庫と呼ばれていマス」
「クローゼットに火薬をしまうな」
「そんなこんなでデスね、今日はチマタで話題のウォーインクロゼットにやってきたわけデスけれども」
「きな臭い」
「危ない! ソックスミサイルが!」
「いいから、早く服しまおうよ」
「隠れて! シャツにもぐりこんで!」
「ちょっと! いつまでたっても片づかないじゃん!」

 青い天井に立ち上る黒煙と、何かが焼けるひどい臭い、そこかしこに積もった瓦礫の山。倒壊したブロック塀の下から汚れた細い腕がはみ出し、私は麻痺した頭でブロックを持ち上げる。ほとんど原形を留めていないが、彼ではなかった。
 収納スペースの割り振りで揉めたのは先週のことだ。彼が「棚から出るオイルはワタシのものデス」と意味の分からないことを口走ったので、私はうんざりしてだんまりを決めこんだ。食事当番をボイコットすると状況は一気に悪化した。一畳半のウォークインクローゼットはみるみる広がり、街並みが現れ、資源が湧いた。そこに国があった。彼はプラモデルの戦闘機を飛ばして私の国を爆撃した。ビルが学校が病院がパン屋さんが粉々に破壊され、平和に暮らしていた人たちが殺された。
 彼はまだ帰ってこない。私は意を決してクローゼットに入り、その広大な戦場を、彼を捜して歩き続けている。



Copyright © 2022 Y.田中 崖 / 編集: 短編