第235期 #7

そういうこと

片手に箸、片手にスマホ。真剣な顔で親指を動かしてはいるが、一向に飯を食う気はないらしい。
「なに真剣に見てんだよ」
食べ終わって立ち上がるときに声をかけた。真剣に見ているスマホを覗き込むと、マッチングサイトだった。
「結婚したいの?」
驚きだった。そんなの興味ないと思っていたから。
「う〜ん……」
聞いてんのか聞いてないのかわかんない適当な返事で、溜息が出る。
自分の食べ終わった残骸だけ片づける。
「とりあえず、早く飯食えよ」
じゃぁな、と荷物を持って自分の部屋に戻った。

翌日、ヤツの部屋に行くとテーブルには昨日の晩御飯がそのまま置いてあって、まだスマホを見ていた。今朝、出てこないと思ったら……。
「昨日からそうしてんの?」
とりあえず、昨日の晩御飯を片付ける。
「え?」
驚いたようにこっちを見る。
「昨日からずっとか?」
よく電池もっているな、と思ったら、スマホからコードが伸びていた。
「もうそんな時間?」
はぁ。大きな溜息が出る。
「好きな人でもできた?」と適当に言ったら、急にスマホから顔を上げてこちらを見た。
マジか。え、誰?
好奇心が芽生えて、顔に出る。
「でも、望み無いんだ」悲しそうに笑う。
結婚したら諦めもつくかな、そう思ってサイトを漁っているらしい。
「でも、好きじゃない人とセックスってできるのかな気になって」
「どんな心配してんだよ」思わず苦笑する。
買ってきた晩御飯をテーブルに並べる。
「ちょっと距離を置いてみたら、気分変わるんじゃね?」
「そうかな〜」
「わかんねーけど。どうせお前のことだから、毎日見てはウジウジしてんだろ?」
箸を取りにキッチンに向かう。
「だったら、見ない方がいいんじゃね?」
正解なんてわかんねーけど。

食べ終わった残骸を片づける。
「あ、明日出張だから来ねーけど、ちゃんと飯食えよ」
帰ろうと荷物を持った時に思い出して、そう言って部屋を出た。
翌々日。
出張土産を持って、いつも通り夜部屋に寄ったら玄関に鍵がかかっていた。
どっかでかけてんのか、こんな時間に?
そう思って自分の部屋に戻ったんだけど、それからしばらくヤツとは会えなくなった。
ふたり分の晩飯を買って帰るかどうか迷うようになったとき、たまたま他の住人とヤツの話した。
そしたら、朝は見かけないけど、夕方は定位置にいると言う。
もしかして避けられてる?
なんで? 心当たりがない。
隣の部屋と繋がっている壁を眺める。
どういうこと?
気になって仕方なかった。



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