第235期 #6
この島に流れ着いてから、どれ程の月日が経っただろう。
全ては、あの社員旅行の為に乗っていた客船が嵐で沈没してしまったことから、始まったのだ。
気がつくと、私は見知らぬこの島の砂浜に打ち上げられていた。
この島は全くの無人島だった。どこまでも緑が生い茂り、人の気配はまるで感じられない。しかし、生きていくだけなら不自由しないことはすぐに解った。
瑞々しい果物のお陰で食料には困らない。真水の湧く泉もあるし、危険な獣もいなかった。南洋特有の極彩色の鳥や、見たこともない蟲達が気ままに暮らす楽園である。
ひとまず安心を得たことで、島からの脱出方法を考える余裕が出来たのだが、ロレックスの腕時計以外の文明の利器は全て失ってしまっていた。救援を呼ぶ等不可能である。砂浜に倒木で作った「SOS」の文字が発見されることを祈るのみだ。
やることがなく、あまりにも退屈なので、太陽の昇っている間はひたすらに島中を探検して回った。
ある日、森の中で奇妙なものを見つけた。
開けた場所に長方形の深い穴が掘られており、そのすぐ上に大きな石が置かれていた。まるで墓穴と墓石である。明らかに人の手によるものであり、この島に人間がいた痕跡だった。
墓石を調べてみたが、何も書かれていない。気味悪く思いながらも墓穴に降りてみた。もしここで死んだのなら、骨が残っているはずだ。
だが、獣の餌にでもなったのか骨はどこにもなく、代わりに信じられないものが見つかった。
それは錆びた腕時計だった。銀色のロレックス製の腕時計。時計盤の裏には「Y.R.1996.4.24」と彫られている。
それは私のイニシャルと誕生日だった。そして、驚くべきことに、同様のものが私の腕にあるロレックスにも彫られていたのだ。
こんな偶然が有り得るだろうか。この錆びた腕時計は、私の腕時計そのものだったのだ。
私は名状しがたい不安に襲われて逃げ出し、二度とその場所に近づかなかった。
だが、それは始まりに過ぎなかった。
私は様々な場所で、古びた腕時計を見つけた。洞窟の中で、大木の虚の中で、泉の底で。
今まで十二個の腕時計を見つけ、それらの全てに例の文字と数字が彫られていた。
その事実が何を意味するのか、はっきりとしたことは解らない。
ただ、白い砂浜に座り、碧い海を眺めていると、ふと、こんなことを考える。
何時の日か、また、「私」が流れ着くのではないか、と。