第234期全作品一覧

# 題名 作者 文字数
1 冬のポイントカード 蘇泉 875
2 怒り心頭!地獄の鬼ごけし 朝飯抜太郎 1000
3 魔法使い わがまま娘 1000
4 ジェンダーロールプレイングゲーム テックスロー 950
5 宇宙探偵 euReka 1000
6 変異 たなかなつみ 999

#1

冬のポイントカード

日本に来て3年目、私は葛飾区のボロいアパートに住んでいた。 アパートの近くにスーパーがあり、毎日買い出しに行っている。 料理をしたくないときもあったので、夕食用に調理済みの食品を買いに行く。

スーパーのレジに20歳くらいに見える若い女の子のバイトさんがいて、会計するときよく彼女に会う。 実は一方的に好意を持って、彼女が本当にかわいくて、毎日見ているだけで幸せな気持ちになれたのだ。 でも、買い物かごを渡すたびに、「ポイントカードはお持ちですか?」と聞かれる。

ポイントカードなどは大嫌いで、資本主義の陰謀だといつも思っている。 だから、いつも作るのを断っていたのだ。 しかし、スーパーのスタッフ教育では、バイト全員がお客様にポイントカードの有無を聞くことがルールになっているようだ。

毎回、「ポイントカードはお持ちですか?」と言われるのだ。 「結構です」と。そして、彼女との会話はこれで終了した。 一度だけ、「ポイ…」と聞いてきた瞬間、私は「ない」と答えた。私は、彼女の悲しい心が見えるかのように感じた。

そこで、カードを作る計画を立てた。この日、私は彼女がレジにいるのを見つけ、歩み寄った。 「ポイントカードはお持ちですか?」 「いや、でも入会したいです」

若い女の子はとても喜んで、引き出しからポイントカードと申込書を取り出して、私が記入し、登録するのを手伝ってくれた。 私は、「大学生のアルバイトですか」と聞いたら、「そうです」と。 帰る前に、今日の商品はすでにポイントがついたこと、今後カードで買い物をするとすべてポイントがつくこと、毎週水曜日は割引になることを教えてくれた。

翌日、再びスーパーマーケットへ。 ポイントカードと小銭でいっぱいの財布を握り、彼女がいるレジを探す。やっと運が向いてきたのか、頭の中では3つの話のネタを用意し、冬なのに心の中は春なのだ。 やっと自分の番になったので、買い物かごをレジに置いて、「こんにちは、また来ました」と言った。 若い女の子は私を見て、上手にかごを取り、笑顔で 「ポイントカードありますか?」と言ってきた。


#2

怒り心頭!地獄の鬼ごけし

 イライラしたので、あえて口角を上げる。さらに上げる。限界まで上げる。そして眉間にシワ。なるべく、いかつく。気分は鬼だ。この状態で上半身を固定して速足で廊下を歩く。人影なし。よし。そのままトイレの目隠しの壁を直角のターンでかわす。アン、ドゥ、トロワ、カトル、個室にイン!
 いろいろスッキリして個室を出ても足りずにもう一回。アン、ドゥ、トロワ、カトル。いい!
「わっ」
人がいた。部署の先輩である。心の私は天を仰ぎ、肉の私は冷徹な仮面で通り過ぎる。マスクもしてるし大丈夫。
しかし声が反転して追いかけてきた。
「ちょっと、その顔何」
「何でもないですよ」
「何でもあるでしょ。鬼みたいな顔してたよ」
「してません」
「もう一回」
「見せません」
テクテクテク。スぺスぺスぺ。ついてくるぞ。なんだその足音。今だ出番だ、火を吹けストーカー規制法!
「よし、定時後、顔貸して」
「私はアンパンマンじゃないんですけど」

 定時後、会議室でコーヒーを奢られながら、先輩の話を聞く。
「というわけで、今回のコンペは、この『怒り心頭、怒りのデスコケシ』でいく」
 メモ用紙には、長方形の上に少し泣き笑いのいかつい顔が乗った人形のラフ。
「はあ」
 先輩はニコニコして言う。
「一応、モデルの了解を得ておこうと思って」
 モデル?
「いいよな。一応、お前のアイデアということにしとくから」
「いや、それはいいです」
「遠慮するなって!」
 バンバン肩をたたきスぺスぺスぺと去っていく。
 何か、生きている次元が違うな。
 帰りながら、名前はデスコケシより、鬼ごけしの方がいいだろうと思った。
 あとは先輩のうっすいスリッパはどこかの施設で盗んできたんじゃないかとか、そういやアンパンマンも顔を貸しはしないなとか。

 コンペには落ちた。
 残念飲み会も、まあ時世柄、皆さっさと帰途についた。
 私は、駅まで先輩と二人だ。
「残念でしたね」
「まあ、最初から出来レースだしな。悔しいというか虚しいというか」
「そうなんですか!」
「そんな驚くなよ……よくあることだろ」
 私が驚いたのは、そのために彼の割いた時間や熱量、そして小型太陽のような彼もこんな風に曇ることがあるのだということ。
「そういうときはですね」
 私は彼にレクチャーする。
 二人、迷路のような地下通路で、直角のターンを決めていく。マスクもしてるし大丈夫。
 アン、ドゥ、トロワ、カトル……サンク、スィス、セットゥ、ウィット……。


#3

魔法使い

「すっごい可愛い子見たんだ〜」
居間で水の入ったコップを握りしめながら、飲み会でトイレに行ったときに出会った女性を思い浮かべる。
「素面の時に見たら、そうでもねーんじゃね?」
どんだけ飲んできたんだよこの酔っ払い、と大きな溜息をつき、テーブルに肘をついてタイガが言う。
「素面で見ても。可愛い子なの!!」
「なんでもいいから早く寝かせてよ」ミツキが欠伸を押し殺しながら呟いた。

「今日さ、学食で見たんだよ」
夕飯を囲みながら言った。
「誰を?」眉をひそめてタイガが問う。
「飲み会の時の可愛い子だよ」
「同じ大学だったなんて、運命じゃない?」急に嬉しそうに言うミツキに、タイガがつまらなさそうに言う。
「そんな子なら、もう誰かと付き合ってんじゃね?」
「なんで、タイガそんなこと言うの? ひがみ?」ブスッとするミツキを見る。一瞬間があって「なんでだよ」という俺とタイガのセリフが被った。

「おっぱい、おっきい?」
身を乗り出してミツキが聞いてくる。
「おっぱい?」
記憶になくて眉をひそめる俺に「小さいほうがいい?」とタイガが言う。
「おっきいほうが好きだけど……」
「ふ〜ん」気のない返事をするタイガに、ミツキが「タイガはレイタに彼女できるの面白くないの?」と不満そうに言う。
「ちげーよ。お前こそ、なんなんだよ」面倒くささ全開でタイガが言う。
「レイタがこのまま童貞で30歳になって、魔法使いになっちゃったら僕たちの頭の中見られちゃうじゃん。恥ずかしいよぉ」
「はぁ? 何言ってんだよ。お前、テレビ見すぎ」
「ていうか」タイガがニヤッとして俺の方を見る。「レイタ童貞だったんだ」
「お前らのせいな」大きな溜息付きで答える。
「自分が童貞なの、僕たちのせいにするの〜」
ニヤニヤするミツキに「そういうミツキだって……」と言おうとして、こいつはどっちも喪失していることを思い出して、また溜息が出た。

「あ」
学食のトイレの扉を開けたら、例の可愛い子が用を足していて、思わず声が出た。

「男だった……」
居間でテレビを見ていたふたりに報告する。
「例の可愛い子?」
「そう。トイレ入ったら、用足してた」
「それはまた、決定的だな」タイガが苦笑する。
「女顔の男って、なんなの?」溜息交じりに言う俺に、タイガが「本人のせいじゃないから」と宥める。
「レイタ魔法使いまでまっしぐらだね」ミツキがため息をつきながら言った。
いや、魔法使いになるまで、まだ10年ありますから……。


#4

ジェンダーロールプレイングゲーム

 てきが あらわれた。 どうする?

 :コマンド

 >たたかう

  エンパワーメント

  にげる



 おとこ は おおきな おのを ふりおろした。 ヒット! てきは ちめいしょうをおい、 たおれた。

 おとこ は てき を たおした。 けいけんち と おかね を かくとく。 

 おんな は それを みていた。 おんな は おとこ が みのきけんを かえりみずに てき を たおした ことに かんどうを おぼえ それを おとこ にちょくせつ つたえた。 こうふん さめやらない おとこ は てきを たおして えた おかねで おんな を しょくじ に さそって それから。



 てきが あらわれた。 どうする?

 :コマンド

 >たたかう

  エンパワーメント

  にげる



 おとこ の こうげき! しかし てき には あたらなかった。 おとこ は いきおいあまって じめんに ぶつかった! てきは めに みえない どころか なんびき いて どこに いるかも わからない! 



 :コマンド

  たたかう

  エンパワーメント

 >にげる



 おとこ は にげだした。しかし にげられなかった! 



 :コマンド

  たたかう

 >エンパワーメント

  にげる



 おとこ と おんな は エンパワーメントを となえた! おんな に 権限委譲 が された! かちかん が かわり てき が みえるように なった! おんな の こうげき! てき は ちめいしょう を おい たおれた。 おんな は けいけんち と おかね をてにいれた。

 おとこ は おんな が てきを なぎたおす のを みたが かちかん が たようか しており てきを たおした からといって かならずしも ひかれる ということには ならなかった。 おんな も おとこ が てきから にげようとした からといって おとこ を みくびったり は しなかった。 おんな と おとこが たおした てきの うしろに まわりこんでみると なんと それは はりぼてだった。 おとこ と おんなは かおを みあわせて わらった。 おんな は おとこの えがおは なんか いいな とおもった。 おとこは おんな の えがおは なんか いいな と おもった。 どちらから ともなく ふたりは ちかづき それから。


#5

宇宙探偵

「ねえ、なんかここお酒臭いんだけど」
 仕事の都合で女の子を預かることになったのだが、彼女はいろいろと文句が多い。
「それにさ、服とか食器とか本とかが絶望的に散らかっているんだけど、泥棒でも入ったの?」
 この宇宙船は、いつも俺一人だからとくに気にしていなかった……。
「まずは掃除をして、人間が住めるようにしましょ」
 彼女の口ぶりはまるで母親みたいで参ったが、二人で三時間かけて掃除をしたら、船内が見違えるように綺麗になった。
 さらに彼女は、花を活けた花瓶を置いたり、ぬいぐるみをいくつか配置したりして、無機質な船内をすっかり女の子らしい雰囲気に変えてしまった。
「宇宙探偵って、名前はかっこいいけど案外だらしないのね」

 まあ、女の子を預かるのもせいぜい一ヶ月ぐらいだから、好きにすればいい。
 宇宙探偵と言っても、活動する範囲が宇宙になるというだけで、やっていることは普通の探偵とそう変わらない。
 でも、宇宙を行き来する時間が長いから、普通の探偵よりは孤独かもしれない。
「ねえ、ホットケーキ焼いたから、あなたも食べて」
 お腹は全く空いていなかったが、仕方なく食べてみたら少し懐かしい味がした。
「あたしはパンケーキより、ホットケーキの方が好き。だってママは、ホットケーキしか作ってくれなかったから」
 俺には二つの違いがよく分からなかったが、彼女の機嫌が良さそうだったので、まあいいかと思った。

 女の子を預かってから、目的の星に着くまでに三週間。
 さらにその星で、目的の人物を探すのに一週間かかった。
「アフロディーテは、われわれの銀河が生き残るための最後の希望であり、はるばる連れてきて下さったことに感謝します」
 アフロディーテというのは女の子の名前で、彼女は銀河間戦争の切り札ということらしい。
「彼女は、悪しき第九銀河を滅ぼすために力を使い果たして消滅しますが、きっと未来の伝説になるでしょう」
 俺は、女の子を無事に届けることができて、やっと一息つくことができた。
 報酬も貰ったし、もうすぐ戦争も始まるから、こんな場所からはすぐに離れなければならない。

 宇宙船に戻ると、ソファの真ん中に彼女のぬいぐるみが鎮座していた。
 俺は深く溜息をついて、ぬいぐるみの隣に座り、ウイスキーをグラスに注いで一気に飲み込んだ。
 そして少し酔った体で立ち上がり、ぬいぐるみを彼女に返すために、もう一度さっきの場所へ戻ることにした。


#6

変異

 年をとったね、と、あなたが言う。ほら、こんなに皺が、顔にも首にも腕にまで皺が。
 わたしが動けなくなっているのが見えませんか。ほら、わたしはもうずっと前から、この子に脚を噛まれているのです。この子は吸うのです。吸って吸って吸って。わたしの体液も気力も記憶までをも吸い尽くし、わたしをここに留めようと、ここから動けないものにしようと。見えませんか。ほら、ここに、こんなに大きなこの子が。
 あなたはわたしの言葉にまるで応じず、哀しそうな顔で、優しい手で、わたしの頬に触れる。本当にきみは年をとってしまった。ほら、きみはもうこんなに干からびて、こんなに小さくなってしまって。
 わたしの声などまったく聞こえませんか。ほら、ここにわたしと同じほどの大きさのこの子が、もう何十年もわたしの脚に噛みついたまま、わたしの内部を、苦悩を、虚無までをも吸い尽くし、まるでわたしを乗っ取ろうと。見えませんか。わたしはもう吸い尽くされてしまう。
 すでにわたしはあなたが誰なのかもうわからない。いつお会いしましたか。ここに来られたのは幾年ぶりでしょうか。もしともにいたのなら、わたしの苦境が見えないなどということがあったはずもない。
 わたしはもう朦朧としています。あなたの声がわからず、あなたの手の感触もせず、あなたの姿さえ、もう。
 そう、わたしは年をとってしまいました。この身のなかで大事に育ててきた時間が、この子に吸われ、吸い尽くされ。あなたとともに過ごすはずだった時間が。この子に。この、顔もない、手足もない、つるりとした細長い楕円体の、この子が。
 あなたはともに年をとってはくれなかった。吸い尽くされたわたしの時間は、もう残っていません。
 わたしはただしわくちゃの皮で、薄い薄い皮で、その内部に何も何ひとつ存在しえない、空っぽでさえない、ただよじれているだけの儚い皮なのです。
 あなたは指先でその皮を摘まみ上げ、まるで汚いもののように身から遠ざけ、底のない穴へ投げ入れ、上から土を降らせました。ただの皮として。ただのゴミとして。
 わたしは穴のなかでたくさんの小さな子たちに囓られ吸われ尽くされながら落ち続けていきましょう。
 地上では、顔もない、手足もない、つるりとした細長い楕円体たちが闊歩しています。あなたもその手足などないふりをして、なきものとして、その群に交じり、歩んでいくのですね。いずこへ。いずこともなく。


編集: 短編