第233期 #6
いえ、わたしは彼女を閉じ込めたりしていない。わたしはただ彼女の声が似姿が欲しかっただけ。だからわたしは彼女の声を姿を移した。わたしの手元で何度でも繰り返し彼女に触れられるように。
いえ、それは彼女自身の声ではない。彼女自身ではない。それは単なる彼女の発した声、彼女の似姿。すべて過去のもの。現実にはもう存在しない。わたしはただそれを移しとっただけ。彼女の見せた姿が、発した声が、彼女が彼女だった過去が、ただ虚空に消えないように。
ええ、わたしは彼女を愛している。あなたが聞いた彼女の声はすでに存在しない。あなたが見た彼女の姿はすでに実体がない。ただわたしが自身を慰撫するためにわたしの手で移しとった虚像。
ええ、だからわたしは彼女とは話せない。触れられない。あなたが彼女とわたしの会話を聞いたとしても、彼女と抱き合うわたしの姿を見たとしても、それはわたしが彼女の声に、似姿に、ただ合わせているだけ。
いえ、わたしの手元にいる彼女はただ記録されたものの繰り返し。あなたがそれを実在の会話であり抱擁だと思ったとしても、そんなことはありえない。
いえ、彼女はわたしのことを知らない。わたしは彼女と話したこともない。彼女は遠いところで知らない人たちとずっと楽しそうに過ごしていた。わたしはただそれを見つめて耳をそばだてていただけ。いったい、それが罪になるのでしょうか。
ええ、わたしは彼女を閉じ込めたいと思った。彼女がわたしのことだけを見て話しをすればいいと。いったい、ただそう思うだけのことが罪になるのでしょうか。
ええ、彼女の似姿はまるでわたしを求めるように動きます。彼女の声はまるでわたしへの愛を囁くように聞こえます。わたしはただそれに合わせて受け答えしているだけ。いったい、ただそれだけのことが罪になるのでしょうか。
わたしがここへ閉じ込められたのは、彼女と引き離されたのは、愛することが罪だからでしょうか。いえ、わたしは彼女のことなんて知らない。彼女に会わなくなってからもう五十年の月日が経ちました。わたしが愛しているのは、長の月日をわたしに寄り添ってくれた、彼女の似姿、彼女の声です。
いえ、その老婆は彼女ではない。その老婆は虚像です。彼女は永遠にうら若き乙女なのだから。立ち去れ!
ええ、わたしは彼女を愛しています。誰よりも。いつまでも。いったいそれが、なんの罪になるというのでしょうか。