第233期 #5
バイト代で買ったミラーレス一眼を構えて待機命令。
「おじさん通過待ち」
「笑顔維持キツ」「ええからはよ」
落ち武者的頭髪のおじさんとJKを差別する意図はないけどプライバシーがさ。ま、チーズ。
三人で覗き込んだカメラの中にはおじさんはいなくて、代わりに向こうの地面におじさんの顔。ギョッとして落としたカメラは即座に理亜がキャッチ。マジ感謝ソフト部だが絶対パンツ見られてる……と、その顔をよろけた理亜が踏み抜いた。
「わっ」
足は顔をすり抜ける。
「そ、そ」「どこどこ」
私の指の先、顔から生足生えたおじさんの顔。だが友人二人には見えていない。
「何もないけど」
「いや、おじさん!」
「だから、どこ!」
おじさんはいない。私にしか見えない。理解。
「僕は君の視界に住んでいます」
おじさんは私の部屋の壁に張り付いて直立したまま言った。
普通なら悲鳴絶叫事案だが私は冷静だ。帰りの電車の窓の外、左右の残髪をたなびかせて平行移動するおじさんの姿は逆に私を安心させ、そのまま精神科の予約をとった。今は説明のために状況をまとめている。自分で自分の話を聞くわけだけど、そういうプロセス、案外必要だよね。
「視界って?」
「君に見える範囲の世界です。見えない所は無です」
「という設定」
「設定は大事ですよ。説得力が出ます。コイツ嘘松確定とか思われたら嫌でしょ」
「嘘松判定しようとする医者が嫌。そもそも幻聴幻覚に説得力?」
「現実ですよこれは」
私は黙る。おじさん勝手に焦る。
「いや、すみません。僕もわからなくて。外を歩いていたらドンって衝撃あって、気付くとここに。でもJKの視界に入りたいな〜とは考えてました。ハハ」
「ハハ。そのイノセンスの因果? 神様悪趣味で草」
映画のセットのような部屋の反対側には彼女の大きな目があって、瞳には僕も映っている。
彼女はもう眠いらしく、何度か瞼が落ちて、その度にここは真っ暗になる。
今日は風呂にも入らず寝るようだ。まあ気持ち悪いよな。申し訳なくて、なるべく視界の端に座る。
彼女の強さに助けられている。正しくない。
彼女がカメラを向けた友達や飼い犬、公園の遊具、信号、空、雲、虹、花。その一つになるのは無理で。僕の静かな世界には納得や正しさはあっても、そんな光はないから。それでよかったはずのに。
彼女の目が閉じた。辺りをしんとした闇が満たす。ここは寒くない。あちらの部屋も、そうだといいのだけど。