第230期全作品一覧

# 題名 作者 文字数
1 次こそ死神 いぶき 985
2 きこりのお話 小説作家になろう 357
3 ここは海だった 三浦 409
4 F テックスロー 998
5 Tさん 糸井翼 1000
6 ウサギ人間 euReka 1000
7 愛らしい妹 たなかなつみ 998
8 映画 Y.田中 崖 1000
9 土星の周りには寿司が廻っている 朝飯抜太郎 1000

#1

次こそ死神

六月上旬、その日は久々の晴天で、雨雲を押し退けた太陽がアジサイの上の水滴を宝石に変えるような気持ちの良い日だった。下校する中学生の声はいつにも増して興奮気味である。この町のK中学校で中間試験の結果が返されたのが学生の熱気の理由だった。試験から解放されて早速遊びの約束を取り付ける学生、友人同士で点数を競い合った学生、静かに結果に歓喜する、あるいは嘆く学生。全ての青春の刹那を太陽が煌々と照らしている。

この時小関家では、兄の壮と弟の裕が一枚の紙を挟み静かな睨み合いを続けていた。部屋に張り詰めた幾千本の糸に触れまいとするように二人は静止している。裕の数学の解答用紙には赤点を大きく下回る十二点と記されていて、あろうことか今それは壮の手に渡っているのだ。兄弟の二段ベットはじとりと冷たい汗を流し、勉強机は固唾を飲みながらなじるような視線を向け、手垢まみれのゲーム機は居心地が悪そうに明後日の方向を見た。壮はイヒヒヒと気味悪く高笑い、紙を左右に揺らした。裕は鼻にしわを寄せ歯を食いしばる。壮は紙を揺らす一方で、さて弟の弱点を掴んだうえでどんなセリフを言えば邪悪になれるのかと思案していた。裕は、まだ何も言われていないのに大げさに膝を落とし絶望したような素振りをした。

この兄弟は今まで漫画で散々目にした、主人公を窮地に追い込む悪役の構図を自分たちで再現していることに内心喜び、堪能しているのだ。

何も起こらない睨み合いの後、壮が思いついたように「一時中断」と手の平を見せ宣言した。そして壮は両親の寝室から白いシーツを引きずり出して再び現れ、それを頭から被り体を包んだ。見た目を死神に近づけることを期待したのだろうが、眩しい西日が壮の背中を照らしているせいで、神々しい後光が射した神様にしか見えない。裕もそのことに気づきながら、今度は邪気に気圧されたかのように尻もちをついた。

兄弟の引くに引けなくなった睨み合いは「赤点は黙っておくから弟は兄の宿題を手伝う」ということで決着がついた。



壮は、期末試験まで宿題は裕に押し付けろくに勉強をせず、裕は一学年先の範囲の宿題を(ほとんどは模範解答の書き写しであったが)こなした。そうなれば二人の期末試験の結果は察するに苦しくないだろう。

七月下旬、期末試験の結果が返されたその日。小関家では、いそいそニタニタと白いシーツを引きずる裕の姿があった。


#2

きこりのお話

 あるところの深い森の中小さな泉がありました。そこへきこりが斧を落としたというのです。
ま、拾えばいいのですが、其処はお話。 女神様が聞きました。 「お前の落としたのは?」
 金の斧か? 銀の斧か?
 しかしきこりは、正直で欲が深い慎重でした。 此処は神様わたしの願いをかなえてくれる。
、、、なら。 「わたしは幸せになりたい」 「お金がもらえる魔法使いになりたい」
 さて、どちらがいただけるだろう。 考えているうちに神様は消えました。
 しかし、きこりはそれから、其の話をするたび。 「みなさん、聞く人は笑う」 と、なんとなく。
 幸せに暮らしました。 と、そんな生活をおくっています。 さて、わらわられるのはきこりの
 正直さを皆知っているから、だと私は思いますが。 皆さんどうですか? いつまで笑いが
つづくといいですね。


#3

ここは海だった

 澤が笑うので加瀬は黙り、足を踏まれて声も出なかった。靴下に血が滲み、心臓のように鼓動を打った。文句があるか、と澤が尋ねた。加瀬は黙った。
 アーケードで飲み物と食べ物を買わされた。澤が平らげる音を耳でだけ聞きながら足湯に入れた爪先から煙のように血液が鼓動の合図で噴き出すのを見て待っていると、人形が集まってきた。あっち行けよ。澤が加瀬の鞄にゴミを詰め終わる前に傷は処置され、加瀬は去っていく人形に目もくれずに胸に手を当てた。ごちそうさん。澤が見えなくなるまで待って、再び湯に浸けた。
 輪郭が揺らぐ。腹が減った。見つけた食べ残しをよく噛みながら音楽をかけ、咀嚼と渚がまぐわう音に集中した。この辺りは海だったと知っても見えてるものは変わらない、と声に出してもよく聞こえなかった。本当に言ったのか? 私の声はどんな音色だったろう。
 脚が増えて、遅れて澤の腕が伸びた。飲めよ。ここって海だったんだって、と澤の声がよく聞こえた。


#4

F

 暗い部屋の片隅にカロリーを溜め込んだ肉塊が鎮座していて、ときたま横に揺れる。照明を消してなるべく己が闇に溶けてしまえるように。食べ散らかしたスナック菓子、即席麺、ペットボトル、ゲームソフトのケース、漫画雑誌、扇風機、万年床、壁には殴った穴穴穴。
 部屋のドアの向こうで音がして、肉塊はびくりと一瞬身を震わせる。母親が食事を置いたのは知っているし、普段はいちいち反応しないのだが、引きこもり生活の虚を突くような仕方で提供された食事に思わず己を見透かされたような気持ちになって肉塊は叫ぶ「なんか言えやクソババア!」
 母親は階下に降りる足音を一瞬止め、「ごめんね康太」とつぶやく。顔は合わせないとはいえ、あいつらと同じ時間に飯を食うことは耐えられないので康太は爪を噛んだりしながら空腹をやり過ごし、両親が寝静まった頃に冷め切った飯を食べることにしている。この時間が康太には本当につらい。
 静寂の中に食器の動く音がして、老夫婦の暗い会話が聞こえてくる。食卓の上は吹き抜けになっていて、ちょうど康太の部屋の窓から下がのぞける格好になっている。小学校の頃は部屋から階下の父母に笑って手を振ったその窓は今は固く閉ざされ、厚いカーテンがかかっている。康太は耳をふさいで食器と会話から己を守る。そのうち罵りあう声、食器ががたがた揺れる音、机を叩く音、椅子を引きずる音がして、康太はまたかと身を縮める。止めて、お父さん、止めてと母親の金切り声が聞こえ、そろそろ食器が割れて父親が叫ぶ頃だ。康太は歯を食いしばり目をつぶる。
 ぎゅいぃいぃいぃいん
 ガラスの割れる音ではなく圧倒的な金属音がした。割れたノイズが家中に響き渡る。がぎゃーんというこの音はもしやギターの音か? なぜ? 疑問を挟む余地のない高圧的な音圧がガラス窓をがたがたと震わせる。土石流のような音が奏でる不協和音は次第に形を変えて、これはコードか?

「お父さんは昔ギターをしてたけどFのコードがどうしても弾けなかったんだよ」

 カーテンをめくって下を見ると康太の部屋に背を向けた父親が食卓に仁王立ちをして掻き毟る弦、オリジナルなのかカバーなのか分からないが何かしらの音、そして何かしらの歌、叫び声、Fのコードで一瞬もたつく左手、アンプからあふれる音音音。

「ハゲとるやんけ」

 しびれる脳と耳の中、どんどん赤くなる父親の頭頂部を見ながら康太は本当に久しぶりに笑った。


#5

Tさん

いつもSNSで私の小説の感想をくれるTさんから、「厚かましいですが、直接会って感想を言いたいです」と突然ダイレクトメッセージが来た。仲良くしているけど、顔も知らないフォロワー。疑うのも申し訳ない気持ちだけど、本当に信頼して良いのかな。私のペンネームは「純」で中性的だし、小説も男性ぽい自負があるからHな下心、ということではないと思う。けれどもし、今までのやり取りは出会い目的だったなら悲しい。不安とわくわくが入り交じる中、私には相談できるのはお兄しかいない。
「俺もついていくよ」お兄は父親のいない私にとって父親以上の存在。いてくれるだけで心強い。あ、でも、もしかしたら、お兄が「純」だと勘違いされちゃうかも。

当日、すらりとしたおじさんが待ち合わせ場所に現れた。特徴のある顔ではないけど、どこかで会ったことのあるような気がした。少しも迷う様子もなく、私ににこりとする。
「はじめまして。純さん、ですね。今日はありがとう。よろしくお願いします。そちらは…」
「あ、兄です」
お兄はTさんの顔を見ると顔をしかめて目をそらした。
「こんにちは。はじめまして」
「どうも」
私とTさんが仲よさそうだから嫉妬?…なわけないか。お兄にとっては赤の他人。訝しんで同席したのが気まずかったみたい。

今回私の書いたのは私小説的な話だった。父親がいない家族の優しくも少し悲しい話。Tさんは丁寧に感想をくれた。私たちの苦労もそれ以上の幸せも伝わってきた、と。私はやや切ない話のつもりで書いたけれど、もっと深いところまで読み取ってくれた気がする。私のすべてを出して書いた甲斐があった。

「今日はありがとうございます。この感想を直接言いたくなってね」
「こちらこそ、嬉しいです」

笑顔でTさんと別れた後、ずっと不機嫌だったお兄が口を開いた。
「あいつ、親父だよ」え…?
「覚えていないと思ってわざと名乗らなかったんだろ。お前は小さかったから無理もないけど、俺は覚えている。自分の親父の顔を忘れる訳ないだろ」
どうして「純」が私だと気付いたのかわからないけど、ずっとお父さんは私のことを見守っていたのか。私の小説はきっと届いた。だから会えた。でもだったら名乗れば良かったのに。私は喜んで良いのかな。それとも…。
「なめやがって」
お兄の吐き捨てた台詞が心から消えない。この気持ちに私の、私たちの答えは出ない。
だから私は次の小説を書き続けて発信するしかないんだ。


#6

ウサギ人間

 来年のカレンダーを買おうと思って百円ショップに寄ったら、玩具類のコーナーで、結界を売っていた。
 結界は、敵の攻撃から自分の身を防御するために使うもので、普通は安くても数万円はする。

 商品名は「プチ結界」。

 パッケージの裏面には、「有効範囲:直径2メートル、高さ1メートルの半球内 防御率:30%」とある。
 これでは、立ったまま結界を張るのは無理だし、防御率30%とは、10回中7回は敵の攻撃をまともに受けてしまうということだ……。
「ぜんぜん使い物にならないって、いま思ったでしょ?」
 声に振り向くと、ウサギの耳が頭に生えた女性が、私を見て微笑んでいた。
「あたしはウサギ人間だから、よくウサギ狩りの対象になることがあるけど、このプチ結界には何度も助けられたわ」
 彼女の言うウサギ狩りとは、ウサギ人間という曖昧な存在を許さないカルト集団による襲撃のこと。
「結界の商品は、いくら値段高くても一回しか使えない。だから普通に売られている何万円もする結界を買えるのは、襲われる危険が少ない人か、金持ちだけでしょ」
 私は商品を置いてその場を去ろうとしたが、すぐに彼女に腕を掴まれた。
「あなたみたいに魔法使いのバッジを付けている人なら、何度でも自由に結界が張れるでしょうけど、そうでないあたしたちはこういう商品を買うしかないのよ」
 今日は来年のカレンダーを買いたかっただけなのに、こんなに絡まれるとは思わなかった。
「あたしはこの百円ショップの店員だけど、ウサギ人間だから時給も百円。しかもウサギ狩りに遭うから、結界も買わなくちゃいけない」
 私だって、コロナで仕事を失ったせいで収入はゼロになってしまった。
 魔法を使えても、仕事がなければどうしようもない。
「あなたもいろいろ大変みたいね。でも仕事がないなら、あたしたちウサギ人間のコミュニティーで仕事をしてみない?」

 そうやってありついたのが、ウサギ人間たちを護衛する仕事だった。
 彼らをウサギ狩りから守るのはもちろんのこと、百円のプチ結界や、攻撃用のプチ攻撃という商品の改造をして品質を良くする仕事もした。
 給料は最低賃金よりずっと少ないが、彼らと一緒に住めば家賃はタダだし、なんとか生きていくことはできた。

「コロナが終わったら、きっとあなたはここを出ていくのでしょうね」
 ウサギ人間は臆病で、未来に悲観する種族だという。
 だから彼らの部屋には、カレンダーがない。


#7

愛らしい妹

 ある日、気づくと、妹がさなぎになっていた。
 妹は愛らしく素直で笑顔が可愛らしく、妹を嫌うものなどどこにもおらず、誰しもが妹に好意をもった。
 妹の兄であるおれは、妹のような愛らしさをもたず、卑屈で、他人に対しては恐怖と敵意しかもっておらず、他者から疎まれ避けられていた。
 卒業後は家を出てひとりで暮らしていたが、ある日、連絡が途絶えていた親から、妹の様子がおかしいので見てやってくれないかと相談された。妹との差を顕著に感じ始めた十代の頃から妹とはずっと距離をとっており、話しをしたことなどなかったが、平身低頭の勢いで電話をしてきた親の態度に優越感を覚え、完璧だった妹が困っている姿というのも見たくなり、足が遠のいていた実家を訪れた。
 親におざなりに挨拶をしたあと、妹が立てこもる部屋の前に立ちノックする。妹の部屋に出向くのは初めてのことだった。
 親の言うとおり、扉は開かない。けれども、お兄ちゃん、とおれを呼ぶくぐもった声が微かに聞こえてきた。そして、おれひとりなら部屋に入ってもいいと言う。
 暗い部屋のなかで、妹はさなぎになっていた。固くてでこぼこした表層から黒い突起がところ狭しと生えている。そして、その体表から壁や天井へと粘ついた糸を伸ばし、部屋の中央に陣取っていた。妹の身体を支えている糸を避けながら妹本体に近づくと、妹はその身体を動かさないまま、やはりくぐもった声で、お兄ちゃんなら大丈夫だと思っていたと言う。
 廊下にいた両親は階段を駆け下りていってしまい、声も聞こえなくなった。おれは扉を閉め、妹のそばに座り、その体表を撫でた。
 これこそが自分の妹だ。今までの妹はまがいものの幼生だったのだ。
 おれは実家に戻り、妹の部屋で過ごした。ごつごつした妹は枕にもならないが、そばにいると気持ちが穏やかになる。
 ほぼ一年が経った頃、妹は羽化を始めた。たとえようもなく美しい姿になるものと思っていたが、予想を裏切り、羽化した妹は幼虫のような物体になり、退化した両手両脚は戻らず、蠕動運動で動くようになった。親は家を出て行った。妹は見捨てられたのだ。
 妹はずるずると部屋のなかを移動し、おれに食べものを求める。おれは身体が大きく貪欲な妹のために、虫を集め、庭を畑にする。
 小さな口をもごもごと動かし害虫を食べる妹は誰よりも愛らしい。おれがいないと生きていけない妹のそばで、おれは今日も穏やかに眠る。


#8

映画

 スクリーンには雑木林。その一角に近づいていく。映像が揺れ、ざくざくと木の葉を踏みしめる音がする。陰溜まりに一軒の小屋が建っている。壁は剥がれ、屋根も崩れ、緑に飲まれつつある廃屋。黒く塗りつぶされた入り口に踏みこみ、瞳孔が開くようにカメラが暗順応する。闇のなかに浮かび上がる、ちぎれた足、折れた腕。バラバラ殺人? そうじゃない……人間は、あんなところに目はついてない……皮膚から歯は生えてない……人間じゃない。胸に鼻が埋もれ、隣には何か赤黒い臓器が脈打つように動いている。生きている! 目蓋のない眼球、伸び縮みを繰り返す指、爪に覆われた耳。
「どうしてそんなに驚いているの?」セイコが訊ねる。
 だって、これ……何なの、この映像。
「何って、鏡よ」ハクコが答える。
 鏡?
 スクリーンのなかにケッコが立ち、こちらを覗きこむ。手には肉塊が映った画面を持っていて、傾けると、きらりと光を反射する。それは画面じゃなくて鏡で、つまりそこに映っているのは……。
「ねえ、どうして自分の姿に驚いているの?」
 悲鳴。掌に開いた、歯のない口が叫ぶ。私が変形していく。私は悲鳴を見ていた、瞼のない眼球で。私は光を聴いていた、爪に覆われた耳で。誰かがからだをちぎっては貼りつけ、ちぎっては貼りつけて私を作ったんだ。誰が?
 セイコがカメラを構え、レンズ越しに私を覗く。やめて、撮らないで、私は唸ることしかできない。吸いこまれるようなレンズ、その丸い球面の向こうに暗い部屋がある。学校の視聴覚室。まんなかに少女が一人、うっすら照らされた顔でこちらを窺っている。私のもとになった人間。目を大きく開き、息を飲むのがわかる。
「どうしてそんなに驚いているの?」ハクコが訊ねる。
 だって、これ……何なの、この映像。少女は嫌悪感も露わに答える。
「映画を撮ったの」ケッコが囁く。
「視るものと聴くものを反転させる映画」とセイコ。
「視るものと視られるものを反転させる映画」とハクコ。
「聴くものと聴かれるものを反転させる映画」とケッコ。
 意味が分からないよ、と少女が苦笑する。
「観ればわかるよ」
「あなたがどうやって声を視て」
「どうやって光を聴くのか」
 かつて私の頭だった部分からカメラを構えたセイコが、腹からは照明器具を抱えたハクコが、足からは脚本を片手にケッコがずるりと這い出した。三人は笑いながら廃屋を後にする。残された肉塊は少しずつ崩れ落ちていく。


#9

土星の周りには寿司が廻っている

土星の環にはどうやら寿司が回っているらしいとNASAが発表してから、原子核の周りにサーモンとアジが回ってるという論文がネットで話題になり、やがて至る所で寿司が回り始めた。
回転する寿司のシンクロニシティ。僕としても大いに興味をそそられるのだが、学部一年生には必修のドイツ語やらバイトやらサークルやら忙しすぎるし、しかも僕は、明日に同級生の女の子との初デートを控えている。

レポートを早々に終わらせて美容院なるものに行く計画は、レポートが全然終わらなくて頓挫した。焦る僕の頭上、無情に回る時計の針。さらに、寿司まで回り始める。
え、マジで?
時計の文字盤の上、秒針に合わせて、重力完全無視のタコといくら軍艦の乗った皿が回っていた。僕は慌ててスマホを手繰り寄せ、写真を撮ってTwitterに上げて……無性に寿司が食いたくなった。

予想通り、近くの回転寿司屋の待合には家族連れが一組と、一人の女性がいるだけだった。
ただ、悠々と受付を済ませ、待合席に座った僕の目の前に、明日デートするはずの女の子がいた。
「あ」
「あ」
その後の僕の発言が正解だったのかどうか。
「その……一緒に食べる?」


僕よ。状況を俯瞰せよ。
初デートの前日にその相手と回転寿司を食べている。相手は既に三皿を食べ、四皿目を探している。悪くはないのか? どうなんだ?
「食べないの?」
「今、アナゴを待っているんだ。太いヤツをね」
「そうなんだ。私はとろサーモン待ち」
彼女は嬉しそうに言う。そう、こういう無邪気な感じが良いんだよな。
「美味しいよね。サーモン」
「うん。でも回らない寿司には流れてないんだって」
「そうみたいだね」
行ったことないみたいに言っちゃった。行ったことないんだけれども。
でも彼女は全然気にしてないみたいで、とろサーモンを待ちきれずに、次に来たサーモンを取っている。次の話題、話題……。
「あの、うちの時計でさ、回っちゃって。あの寿司が」
そう言って差し出したスマホに、向かいの彼女が身を乗り出した。
顔が近い。良い匂いがする。
「実は私も……」
僕のスマホの隣に彼女のスマホ。そこには手作りっぽいホールケーキの上で寿司が回っていた。
「うわ。これ手作り?」
感想!って……あれ、一つ、寿司のない皿がある……。

「これって……もしかして、サーモン?」
彼女は赤くなって俯いてから、少し上目遣いで僕に聞く。
「だめ、かな?」
いいです。全然いいです。なんなら、もう愛してる。


編集: 短編