第23期 #6

うまく笑うことができなかった

 壊れた携帯電話が鳴る。オレンジ色が点滅している。俺はそれを受ける。
「はい?」
「ねえ、忘れてるでしょ」
「は? 何を」
「何をって……あんた、ばかじゃないの? 早くしなよ、いま(ザザザー)」
 雑音が混じり携帯電話はそこで切れる。かけ直そうとするが、電話は何をしてもまったく反応しない。そりゃそうだ。壊れてるんだから。液晶も割れていて、何も映らない。
 俺は街の繁華街を歩いている。いつか通ったことがあるような気もするが、ここがどこだか思い出せない。
 足がふらつく。うまく力が入らない。バランスもちゃんととれない。頭もぼんやりする。少し休もう。
「なにやってんの」
 しゃがんでいる俺に、小さなガキが声をかけた。
「は? おまえにカンケーねーだろ」
「ばかじゃないの。電話して、しかも切れたから、ここまで来てあげたのに。早くしないと、彼女行っちゃうよ。いいの?」
「彼女? 誰だよ」
「ほら、あそこにいるでしょ。噴水ンとこ」
 あ、あれは祥子だ。
「早くいきなよ。そのために来たんでしょ」
 そうだ。そうだった。
 俺は立ち上がり、最後の力で歩いて、噴水のそばにたっている女の子に声をかけた。
「祥子、ごめん」
「どうしたの! 血が出てるよ。ねえ、大丈夫なの」
 そう。そうだった。
「ああ、さっき、そこで車とぶつかっちまって」
「そのまま来たの? 大丈夫なの?」
 ああ、そうだ。思い出してきた。
「ごめんよ。映画、行けなくなっちまった。楽しみにしてたのにな」
「そんなのいいから、顔が真っ青。早く病院にいかなきゃ」
 そうだ。
「ごめんよ。こんなんでお別れなんて。すまん。じゃあな。ほんとすまない。じゃあな、さよなら……」

 忘れてた。
 俺は死んでいた。

 俺は倒れてゆく死体から離れ、徐々に上昇しはじめた。
 遠ざかる地面では、祥子が倒れた亡骸を揺すっている。
 ふと見ると隣に、さっきのガキがいた。俺と一緒に空中を昇っていた。
「俺、どこいくんだ? 天国? 地獄?」
「上に行くから天国じゃないの。よく知らない」
「なんで知らないんだ」
「下っ端だから」
「なんの下っ端なんだよ、おまえ、天使か? それとも悪魔?」
「さあ、そんなこと考えたこともないわ」
「まあいいや。死んでも一人じゃなかっただけましか」
「……ねえ、泣いてもいいのよ」
 ガキは言った。母親の口調で。
「ははは、ばかにするな」
 俺は笑い返そうとしたが、初めての空中で、うまく笑うことができなかった。



Copyright © 2004 逢澤透明 / 編集: 短編