第23期 #5

最期の景色

 川沿いのT字路で交通事故があったらしい。軽トラックが少年を出会い頭に跳ね飛ばしたそうであるが詳細は分からない。救急車のサイレンやスピーカーから聞こえるけたたましいがなり声からするとただ事ではないのは誰の目にも明らかだった。
 野次馬根性を向き出しにして現地まで自転車を飛ばしてきたはいいものの、僕のちっぽけな背丈では周囲の状況が見えないどころか、争うように前に乗り出す大人達の圧力で押しつぶされてしまいそうだったので、僕は泣く泣く人垣を抜け、家に引き返すことにした。
 でも転んでもただでは起きないのが僕のいいところ。自転車のキーを差そうとしゃがんだとき、足元にサイコロがぽつんと落ちているのを見つけた。6の目をこちらに向け、物欲しげな様子で砂利の中に蹲っている。確かにこのご時世、サイコロ一つで運気が上昇したり劇的な出会いが訪れるなんてことはないけれど、妙にうれしくなった僕は落ちていたサイコロを上着の右ポケットに入れ、事故のことなどすっかり忘れ、エーデルワイスを口笛で吹きながら家路に着いた。
 家は留守だった。いつものことだ。父も母ももう死んでどこにもいない。
 階段を上がり、自室に戻った僕は試しに床にサイコロを投げつけてみた。6の目が出た。今度は机の上に投げてみた。6の目が出た。階段の踊り場から階下に向かって投げ落としてみた。降りてみるとやはり6の目が出ていた。
 台所で頭を抱えていると兄が帰ってきたので、サイコロを渡して試しに振ってみてくれと頼んだ。テーブルの上で4の目をこちらに向けた。もう一度お願いして振ってもらうと、次は床の上で2の目が出た。さらにもう一度お願いすると、あきれた様子で兄は階段を上っていってしまった。
 一人になった僕は、台所のテーブルと床でサイコロを転がしてみた。いずれも6の目が出た。試しに風呂場とトイレでも行ったが結果は同じだった。僕はだんだん頭がおかしくなってきたような気がして、サイコロを手にしたまま家を飛び出した。
 無我夢中で走った。何かに取り付かれているような恐怖を感じ、それを振り払おうと全速力で走ったが、恐怖はますます募った。
 ふと思いついた僕は汗ばんだ手で握り締めていたサイコロを力いっぱい投げた。サイコロは燃えるように赤い日に反射して、眩い光の礫をきらきらと夕空に撒き散らした。
 美しかった。
 それが僕がこの世界で見た最期の景色だった。


Copyright © 2004 戸田一樹 / 編集: 短編