第23期 #4
彼女の死因は「淋しさ」だった―
あたしは彼女の亡骸を前にしてそっと彼女の顔を思い出してみた。
どうしてだか、うまく思い出せないことをあたしは、しごく当たり前のように受けとっていて。
そのくせ、何だか妙にあの細い声だけはリアルに思い出せた。
忘れたことなんてないのだから思い出したわけじゃないけれど。
あなたはよくいっていたね。
自分は、うさぎ なんだと。
あなたはよく、あのあかいハイビスカスティをのみながら自分の眼にそっくりだと笑っていたね。
からからん って、氷の音があなたの細い声にきれいに響いていたね。
グラスを伝った滴がテーブルに水溜りをつくっていて、あなたはそれを指でなぞってはあたしに
さみしいよ って云って いたね。
ひどくひどく短かい手紙だけがあたしに遺された唯一の彼女。
淡い色の便箋に、細い赤いペンで書かれた言葉はとてもわかりやすかった。そして彼女らしかった。
あたしは彼女を理解することは決してなかったけれど、愛しさにさえ似た感情を知ってる。
…たぶん、淋しかったのはあたしの方だ。
あたしが、彼女の傍にいたかったんだ。
うまく思い出せないけれど、彼女の顔は、年よりもほんのすこうしだけ
幼く見えて
笑顔が切ないほどいたいほど
はかなくって淡くって
頬に小さな小さな、ほくろがあって。
やらかいくちびるは桜色
そこから紡ぎだされる言葉はいつも 淋しさだったっけ?
あたしはただその細い声に癒されてただけ。
あなたはどこに癒しを求めたんだろう。
たとえばあんな無機質な医者が事務的に、どんな診断を下したって、まぎれもなくあなたの死因は 淋しさ だったんだ
だって手紙には
「淋しい」
って。
それだけしかない。
かのじょはうさぎだった
かのじょのしいんはさみしさだった