第23期 #16

清貧

 機械は高くて手が出ないので、代わりに人間を買うことにした。人間は人型にできているので、家の中で使うのに適しているのだ。
 あいにくの雨のせいか、人屋には客一人いなかった。売り物の人間達は皆一様に暇そうで、私が入ってきたのもまるで気にかけていない様子だった。
「何かお探しで」
 売り物かと思っていた男に声をかけられ一瞬面食らった。発言からして、おそらく店主なのだろう。そこは人屋、店主も買えるものなのかもしれないが、私には必要の無い代物だったので、そのまま現職であるところの人屋の主人に徹してもらうことにした。
「家事を任せたいんだが、機械は高嶺の花でね」
「確かに高値でございますね。家事でしたら、あちらなんかいかがです」
 彼の指し示した先では、若い娘が編み物をしていた。私たちの視線に気付くと急に背筋を伸ばして手を速めたが、すぐに訳が分からなくなってしまったらしく、編み棒を見詰めて小首を傾げた。
「大丈夫かね」
 驚きを隠さず主人に尋ねると、彼は首を捻って溜め息をついた。
「あれは私の娘ですが、買い手の無いままもうすぐ二十歳です。どうでしょう旦那、お安くしときますから」
 そう言って主人の示した金額は本当に安かったので、私はその話に乗ってみることにした。人間を買うのは初めてのことでもあったし、なに、使い勝手が悪かったら捨ててしまえば済むことだと、それほど深く考えもせず、緊張した面持ちの娘を持って帰ることにした。
「歩いて三十分ほどかかるが、いいかい」
「あっ、はい」
「君、名前は」
「今までは美津でしたが、何に致しましょう」
「そうだな、少し考えるか。いいのがあったら、それにしよう。無かったら、美津のままだ」
「はい」
 家に戻ると、娘は早速掃除を始めた。思いの外よく働いた。この分だと、いずれ借りた時より綺麗な家になりそうだと思った。
 後ろ姿を眺めながら、私は娘の名前を考えた。知り合いの顔が浮かんでは消えるばかりで、何も思いつきそうになかった。諦めると、腹が減った。
「掃除はもういいよ、そろそろ晩飯にしよう。あるものでいいから、適当にやってくれ」
「はい。私、料理は得意ですので」
 鈍臭い安物のはずが、これはこれで中々役に立ちそうだった。しかし人間でさえこれなのだから、機械はどれほど素晴らしいのだろう。娘の見せた微笑みに、私は自らの貧しさを呪う溜め息を返した。



Copyright © 2004 戦場ガ原蛇足ノ助 / 編集: 短編