第23期 #15

If A,than B.

 彼らは人間としての個を主張していない。あまりに大衆でありすぎるのだ。もともと大衆と言う存在はありえない。けれども、彼らはその中に大きく埋もれてしまっている。そんな人間に生きる価値はあるのだろうか?
 イライラするなあ。なんだってんだ、まったく! パイプ椅子が激しく揺れて音をたてる。右足がガクガクと震えていた。いわゆる貧乏ゆすり。どうにもならず、止まらない。苛立ちは加速されていく。
 個でない生命体に生きる価値は決してない。なぜなら、現状、無個性物質に代替物はおおいに存在し、余り溢れかえっているほどなのだから。量的な広がりを持ち、世界を占拠しているのだから。無価値なものが空間を占める――これほどに意義なきことも他にない。
 痒い。頭が熱く、自分のものじゃないみたいに疼く。両手で、上下左右四方八方にかきむしった。痛くても手は止まらない。更に熱を帯び、かゆみは増しゆく。
 死んでしまえ! てめえらは潜在的に記号的で、存在意義すらありはしないんだ。滅びろ、消すぞ、このゴミクズどもがッ!! 同じ顔して同じものを買って、同じ風に喜んで同じ風に泣いて、全く個がなく価値がない。てめえらが何人いなくなったって社会は機能するんだよ。そのぐらい理解して死ね。
 口の中、いっぱいに鉄の味が広まる。左親指の爪を噛んでいた歯は、爪を食いちぎり皮膚さえも切り裂いていた。血は細く流れ、左手全体を大きく染める勢いだ。やりたくないのに止められない。自己の深層が無意識に働くのだ。
 髪の毛を茶色に染めて、それで個性かよ。てめえらはただ社会的レッテルを自らはっただけだろう。自分から、自分を無個性に貶めたんだよ。頭を使え、頭を。何も考えてないからそうなるんだよ! こんだけ言ってるんだ。いい加減考えろよ。使えねえ頭でも少しは役に立つかもしれないだろうがよ。考えればわかるだろうがぁッ!

「あいつ……、頭掻き毟って、貧乏ゆすりして、爪噛み千切って……、何やってるの?」
「無個性についてブチぎれているようだ」
 図ったような一瞬の間を空けて。
 白衣の男は二人して同時に、乾いた笑い声をあげた。おおきなガラスのむこうでは、太った男が一人、壁に向かってしきりにわめき散らしている。白衣の一人が戯れに、隔てるガラスを叩いた。太った男はぴくんと跳ね上がり大きく屁を放つ。
 その動作はきわめて自動的だった。


Copyright © 2004 清水ひかり / 編集: 短編