第229期 #9

警官と少女

 頭に黒い生物を乗せている少女が、すべての原因らしい。
「この子の名前はキュールなの」と少女は言って、黒い生物の小さな頭を撫でた。
「君たちが街の中を歩くとさ、路面に花や草木が生えて通行の邪魔になるし、後で撤去するのも大変なんだよね」
 私は、少し怒った顔で腕組みしながら少女にそう言った。
 一応、私は警官なので、不審な者に対しては強い態度で臨まなければならないこともある。
「君のやっていることは、往来妨害罪や器物破損罪という立派な犯罪になる可能性があるから、ひとまず交番まで一緒に来てくれるかな?」
 少女と私が歩いたあとにはすぐに花が咲くし、警官に連れられた少女という見た目なので、通行人の注目を嫌というほど集めてしまった。

 やっと交番に到着すると、私は少女を椅子に座らせて、いわゆる職務質問をしてみた。
「君の名前は?」
「そんなの無いわ」
「じゃあ、君のご両親は?」
「あたしはキュールと二人きりで、ほかには誰もいないの」
 何を質問してもまったく要領を得ないので、私は交番の外に出て大きく深呼吸をしたあと、本署に電話をしてみることにした。
 かくかくしかじかで困っているんですと電話で伝えると、偉い人が電話を代わって変なことを言ってきた。
「その少女は、ついさっき政府が災害に認定したから、テレビを点けて確認しなさい」
 言っている意味がよく分からなかったが、テレビを点けてみると「少女警報発令中」という大きな文字が目に入った。
「とにかくその少女は、台風や地震と同じ自然災害なのだから、われわれ警察がどうにかできるものではないのだよ」
 気がつくと、交番の中はすでに色とりどりの花でいっぱいになっており、私にも何となく事態の深刻さが理解できた。

 結局、少女は開放されたが、あの日、彼女の災害を止められなかったことを私はずっと悔いていた。
 一応、意思疎通が取れる相手なのに、そのまま放置するしかなったことが悔しかった。
 それに、彼女はいつも花を咲かせているわけではなく、何事もなく普通の少女として街を歩いている日もあるのだ。
「今日は、君が歩いても花が咲かないんだね」
 私は、少女を街で見かけるたびに話しかけるようにしている。
「あたしとキュールはいつも元気だけど、お花は、今日は咲きたい気分じゃないみたい」
 少女の頭の上で、黒い生物はぐうぐう眠っている。
「みんな、あたしたちを避けるけど、あなただけはいつも優しいのね」



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