第229期 #6
夜空を埋め尽くす銀色のB29の大編隊が、雨のように焼夷弾を落としていた。
降り注ぐ火の雨に街の家々は燃え上がり、人々は安全な場所を求めて逃げ回っている。
偶々、早めに山の方へと逃げることの出来た僕達一家は、眼下に広がる紅蓮地獄絵巻をただ呆然と眺めていることしか出来なかった。
そんな中、僕はある一点を見つめていた。赤々と踊る火炎に覆われたそこに、僕の自宅があった。
僕の家は裕福だった。江戸時代から続く商人の家系で、このご時世でも配給に頼らずに暮らせた。
家は、屋敷と呼べる程に大きく、使われていない物も含めればかなりの数の部屋があった。
その中に、一つだけ特殊な部屋が存在した。
屋敷の離れにある部屋で、当主の人間以外がそこに近づくことは固く禁じられていた。
父の話によれば、その部屋には神様がいるのだという。遠い先祖が、旅の行者より譲り受けた神様で、その神様を奉っていれば家は安泰と信じられていた。
だが、好奇心に負けた僕は、一度だけその部屋を見に行ったことがあった。
それは月の明るい深更のことだった。シンと静まりかえった屋敷の中、月光にも助けられながら目的の部屋へと向かった。
それは異様な部屋だった。部屋の扉には無数の五寸釘が刺さっており、月光を浴びて鈍く光っていた。部屋の前には祭壇のようなものがあり、ここにお供えをするのが当主の役目らしい。
子供心にその不気味さに怯え、引き返そうと思った時、ふと、
……びぃん……びぃん……ぴん、ぴん……ぴんっ。
琴の音だった。部屋の中から聞こえてくる。あの厳重に封じられた部屋から。
必死で寝床まで逃げ帰った僕は、朝まで蒲団の中で震えていた。
地獄のような夜が明けきらない内に、僕は家族に黙って一人で山を下りた。
無数の黒焦げ死体の横を通り過ぎて辿り着いた先、僕の住んでいた地域は、ほぼ焼け野原と化していた。殆どの家屋が燃え、ただ炭と灰の塊が一面に広がっている。
そんな中で、僕は見た。
屋敷は燃え落ちていたが、あの部屋だけは、何事もなかったかのようにぽつんと無事に建っていたのだ。
呆然として近づいてみると、あの猛火に襲われたにもかかわらず、部屋の壁には焦げ跡一つなかった。
全身の肌が粟立つのを感じながら、恐る恐る部屋の扉へ耳をピタリとつけてみると、嗚呼、聞こえてくるではないか。
あの、音色が。
……びぃん……びぃん……ぴん、ぴん……ぴんっ。