第228期 #8

ごっこ

「おはよう」
 窓が声をかけると、壁が「おはようございます」と棒読みした。
 朝のミーティングで進捗確認。
「昨日までに色塗れって言っただろ? なんでまだできてないの?」
 返事はない。
「すぐやって」
 壁は「わかりました」と棒読み。
「今日は折り紙で鶴と飛行機を折るから。全体的に遅れてるからペース上げて」
「わかりました」

 壁は黙々と作業し続ける。窓は嫌な予感がして、「今何やってる?」と声をかけた。
「鶴の折り方を調べていました」
「は? 色塗りは?」
「終わりました」
「報告しろよ。一つ終わったら報告って何度も言ってるだろ。……もういいや、できたの見せて。なんで空まで赤く塗ったの? 昨日説明したよね? 空は青、草は緑、花は赤と黄色。そもそもなんで空が赤いんだよ。普通、青だろ。すぐ直して」
「わかりました」
「あと鶴の折り方わからないんだったら調べる前に聞けよ。どんだけ時間かけてんの? そんなことやってたら今日中にできるわけないよね? 納期遅れたら次の仕事がなくなるってこと、お前わかってんの?」
「わかってないです」
「理解しろよ。馬鹿にしてんのか。そんなだから十年も下っ端なんだよ……もういいや、折り紙は俺がやる。お前はすぐに色を塗り直せ」
「わかりました」

「窓さん、お客様からお電話です」
「替わりました窓です。お世話になっております。ええ、何とか間に合いそうです。変更ですか? その内容ですと、もう少しお時間をいただきたいのですが……そうですね……かしこまりました、今回は特別に……」
 電話を切った窓に、壁が「色塗り終わりました」と報告する。
「見せて。……うん、いいね。次だけど、粘土で犬を作って。今日中に」
「わかりました」

 わあ、まあくん、じょうずにおえかきできたね。
 つぎはなにをつくるの? そっかあ、いぬさんをつくるんだね。

「今何やってる?」
「犬の作り方を調べていました」
「だから聞けよ! 間に合わないだろうが!」
「そうですね」

 まあくん、そろそろねるじかんだから、ねんどはまたあしたにして、はみがきしようか。

「……はい、かしこまりました。申し訳ございません。では犬は明日ということで。よろしくお願いします。失礼します」
 電話を切ると、ちょうど定時のチャイムが鳴った。
「お疲れ様です。お先に失礼します」
「おう、お疲れ」
 翼を広げた折り鶴に向かって、なんであいつと仕事してるんだろう、と窓が呟く。返事はない。



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