第228期 #6

1999年生まれの3つの夏

今年の夏。
長かった就職活動が終わった。
コロナ禍と日々の忙しさで1年半も会えなかった茉子とようやく会えた。以前の明るい茶髪が黒髪になっていて、お互いもう4年生だということを今更実感する。
北千住駅で合流して、荒川の河川敷に向かって歩いた。空の真上の太陽が、広い川面にキラキラした光を浮かべる。
その光景に一瞬目を奪われた。もし永遠に眺めていることができたなら、未だ心の奥を蝕む喪失感さえも綺麗に昇華させてしまえる気がした。
「ねえ、ここからずーっと歩いたら東京湾まで行けるよ」
茉子がスマホで地図を見ながら言った。私もそれを覗き込む。
「いいね、歩こうよ!海見たい!」
こんなにはしゃいだ口調になるのはいつぶりだろう?
川の流れる方へ、道を歩き始める。
こんな夏の日は二度と来ないような気がして、私はとても寂しかった。

去年の夏。
私はバイトばかりの生活を送っていた。
入学した頃、通学の乗換駅でバイト先を探して選んだのが、御茶ノ水のカフェだった。大学の敷地内にすら入れない今、この立地はむしろ不便になったが、コロナ禍生活の中では、御茶ノ水駅からバイト先まで歩くたった数分が良い気晴らしになった。
見上げると、どこまでも高く青い空が美しく、こんな世界も、こんな人生も悪いものじゃないと思わせてくれる。どうにもならない息苦しい日々の中で、本当に心を潤してくれるのは、もう空とか景色だけのような気がした。
一刻も早く部活再開してほしい、学生のうちにフランスに行きたい、とかいつも思うことをこの時も考えながら、すっかりお客さんが減ったままのカフェへ向かった。

一昨年の夏。
私は充実した幸せな日々の中にいた。
午前中カフェでバイトをしてから、大学へ向かう中央線に乗る。最近毎日電車で読んでいるのは、岩波書店の専門書『モネ』。
部活まで時間があるので大学図書館に寄ることにした。迷わず絵画の棚に向かう。去年の春にプーシキン美術館展に行って以来、私はフランス絵画の虜だった。
あっという間に時間は過ぎる。そろそろ部活に行って早めに楽器を出しておこうと思い、図書館を出た。日差しが暑い。
ああ、今日も仲良しで尊敬する遥先輩と一緒に練習ができる。何より幸せなのは、先輩と部活ができる時間があと1年半もあること。そして私の大学生活はまだ半分以上もある。
この幸せを、腕の中で掴んだままにしておけたらいいのに。
いつか来る終わりを想像しながら、そう願っていた。



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