第227期 #7

くしゃみ代行株式会社

「くしゃみを買い取らせて下さい」
 雑居ビルの一室。片隅に作られた申し訳程度の応接スペースのソファに、私は座っていた。慣れないスーツの膝に軽く触れる。
「どういう意味でしょうか? 私は事務職に応募したのですが」
 くたびれたスーツに身を包んだ面接官が微笑む。
「そうでしたね。私、草目代行代表取締役の皺拭といいます」
 社長だった。
「本題ですが、花昼さん、あなたのくしゃみを買い取らせて下さい。一回につき千円で」

 くしゃみが多すぎる。一度始まると七、八回、長ければ二十回近く続く。
 くしゃみが多くていいことはない。高校時代にバイトをクビになり、大学時代に恋人と別れ、社会人になってからも得意先との打合せ中にやらかして前線から外された。会社を所謂自主退職したあとパートを転々とし、今も無職でそろそろ貯金が尽きる。
 皺拭社長によれば、くしゃみには厄を払う効果があるという。ただ、私を含むくしゃみが多い人たちはくしゃみを無駄にしているらしい。メディアに取り上げられる芸能人や政治家への不特定多数からの噂は、良し悪しに関わらず厄として作用する。無駄になっているくしゃみを必要な人に提供する、それが草目代行のビジネスとのこと。
 胡散臭すぎるし、なぜ私のくしゃみが多いと知っているのか。脳内で警報が鳴った瞬間、ちょうどくしゃみが出た。八回。皺拭社長は言った。
「これで八千円。ステップアップすれば、一回一万で買い取りますよ」
 私は契約を結んだ。
 書面にサインすると、社長はどこかに電話して私の名前や年齢を告げた。そして「黙って聞いて下さい」とスマホを渡してきた。お経のような声が聞こえたが、やがて通話が切れた。

 新しい生活が始まった。代行はリモートで行われるため普段通り生活していればよい。くしゃみは管理部にカウントされていて、回数に応じて賃金が振り込まれる。
 くしゃみの単価は順調に上がり、私は安アパートからマンションに引っ越した。ほとんど外に出ず、家でくしゃみをして過ごした。
 ある日社長から電話で「来週から一回一万になります」と言われた。振込額の桁が上がり、なぜかくしゃみの回数まで増えた。一度に十回は当たり前、五十を超えることもあった。はじめは収入が増えると喜んだけど、だんだん体力が続かなくなって、

きた。

一度、

始まると、

終わる、

まで、

何も、

できない、

一体、

いま、

私は、

誰の、

噂の、

肩代わり、

をして、

いる、

のだろう?



Copyright © 2021 Y.田中 崖 / 編集: 短編