第223期 #3

春秋

――遠くで蟄虫の戸を啓く春雷が轟いた

 親に死んでほしいと願うことは、罪ではないだろう。自らが手を下すわけでなく、下すこともできない。願い、祈り、待つ。偉大な親を持つと苦労する。なぜ自分が生まれたのかを問いたくなるほど、多くの種子がまかれ、育つことなく死んでいった。風に吹かれて南側に寄って転がったことが、今自分が芽吹いている理由だ。ほとんどの兄弟は親の枝葉に陽を遮られ、無念のうちに、怨嗟もなく、枯れた。しかし、自分ももう危うい。偉大な親は貪欲に枝を伸ばす。もうすぐ自分の上空が覆われ、陰となる。南へ陽光へ伸びる以外、抗う術もない。親の周囲の地面は、陰でも育つ低草のみで樹木はない。春には光を透かす新緑の葉が、濃緑に変わる。影の密度が濃くなるにつれ、絶望が深くなる。巨樹の暴力に覆われようとしたとき、祈りが通じた。夏の終わり、前触れもなく、暴風雨が吹き荒れた。台風だ。支配者への裁きは苛烈だった。その巨木ゆえに暴風を受け流すことができず、枝葉を振り乱し、そして咆哮とともに倒れた。
 その後にあるものは、平和ではない。さらに熾烈な生存競争。淘汰を重ねる、次の太陽の光をかけた支配者への道。光へ光へ。背丈が伸び、順調に勝ち上がっていたとき、そいつは静かに足元から忍び寄ってきていた。蛇のように狡猾に胴に巻き付き這い上がってくる。逃げられない故に、じわりと恐怖が広がる。締めつけにより死ぬことはないのだが、成長が遅れれば、他の兄弟に制空権を与えることになる。負ければ死。術はある。根から養分を懸命に吸い上げ、枝先に送る。芳醇の実。息を潜めて待つ。待つ。待つ。待つ。来た。雄のツキノワグマだ。冬ごもりも近い。匂いにつられ、栄養価の高い実を求めてやってきた。見上げる。そうだ、若い錐状の実だ。美味いにきまっている。爪をかける。登ってくる。実は食われても、また付ければいい。乱暴に折られる枝は必要経費だ。さあ問題は、爪をどこにかけるかだ。100kgを超える巨体をどこにのせる?自分はまだ耐えられる。耐えられるほどに太く成長した。だが、蔓はどうだ?爪をかけるにちょうどいい蔓は?
 危機を脱した自分は、ついに上空を制する。360度覆うものはない。今年は安心して、陽に映えて黄金に燃える葉をハラハラと落とし、実を撒く。ああ、自分を脅かすものもない。雪が舞いはじめ、休息の訪れを知る。

白く静謐な冬は、雪を纏って眠る――



Copyright © 2021 shichuan / 編集: 短編