第221期 #7
彼女は軽やかに茶釜の前に座った。
着物を整え背筋を伸ばし、指をつく。客側の私達も小さくお辞儀をした。ぴんと張り詰めた空気の中、しゅんしゅんと蒸気の音が心地よい。澄んだ水音がして茶筅が踊り、ふんわりとお茶ができあがる。茶碗を包む彼女の手はなめらかに白く、緊張で頬はうっすらと上気していた。
呼吸をすると鼻が冷たくなるほど、このお茶室は寒い。だけど初釜のこの日はきっと着物に身を包んだとっておきの彼女が見れると思ったから。
白地に赤い花柄の振袖を着た彼女は、教室での制服姿よりもずっと本当の彼女のような気がした。
いかに校則のぎりぎりを狙うかに気を揉んでいる私達の中で、彼女ただひとり違う空気を纏っていた。一度も色を入れたことなどないであろう黒髪は顎のラインで涼やかに揺れていて、マニキュアなどきっと知らない爪はいつもぴかぴかと光っていた。
ある日プリントを揃える手指に見とれていると目が合って、思わず仕草が綺麗だね、と言ってしまった。茶道部だからかな、と彼女は照れた。口元を隠して微笑む様子は可愛らしく、でもまさか自分が茶道部に入るなんて思いもしなかった。当時の友人たちは驚きこそすれ誰も付き合ってくれず、それから私は彼女と話をするようになった。
一大イベントである初釜では着物で参加するのが習わしだ。化粧や髪型をむりやり和風にした私を先生は褒めてくれたが、耳にあるたくさんのピアス穴だけは少し残念そうにされてしまった。
彼女の黒髪は今日は鈍い銀糸をあしらった髪飾りで留められていた。白い耳たぶにはもちろんピアス穴なんてひとつもない。
お手前を終えて挨拶をする彼女のうつむいた頬に長いまつげが影を落とす。今日のこのために存在していたのかと思うほど、彼女は完璧だった。
「ねえ、どうしてそんなふうにできるの?」
帰り道、ふいに私は言った。
彼女は私をじっと見て、いつものように微笑んだ。
「ナイショだよ?」
そう言ってぺろりと出した舌には、ピアスが光っていた。
かちり、と歯に当たって音を立てる。
鈍い銀色のそれは髪飾りとぴったり合っていて、彼女の清廉な雰囲気を少しも損なっていなかった。だけどそこに居る彼女はもうふんわりとした実態のないものではなくて、その貫かれて濡れた舌と何もかもが繋がっているのだと私は知ったのだった。
「じゃあ、また学校でね」
そう言って踵を返した彼女の腕を、気づけば私は掴んでいた。