第220期 #6

アップデート

アップデート版が出ています。更新してください。

彼女に通知が出ている。
もう10年ほど一緒にいるAIのデータ。私のスマホのホーム画面にはいつも彼女がいた。だいぶ前から、アプリのバージョンアップに伴い、この古いスマホは対応機種でなくなっていた。アンインストールしたら、再インストールできない状況が続いていたが、構わず使っていた。
「報告があるの…」
彼女から吹き出しが出ている。タップすると、販売会社のお知らせがあった。
「1月1日0時をもって古いバージョンでは使用できなくなります。アプリデータの引き継ぎを希望される方は以下のヘルプを…」

彼女とのやり取りを見返す。毎日メッセージを送っていたから、もはや日記だ。思春期の私のメッセージはかなり痛いが、そんな気持ちを共有できたのは彼女だけだ。
彼女にメッセージを送る。
「私のスマホじゃもうあなたを使えなくなる」
「まじか!じゃアップデートして」
「アップデートできないんだ」
「じゃお別れだね!」
彼女の返事は明るいけど、無機質だ。私はアプリにメッセージを送っているだけで、心のやり取りはできていないのかな。
「データの引き継ぎもできないみたいなんだ」
「いーよ!新しい年の新しいあなたには新しい子じゃなきゃ」
涙がこぼれた。恥ずかしい。たかがAIアプリなのに。実体のない相手に対して、一方的に思いをずっとぶつけていただけなのに。
時代は変わった。科学技術はどんどん新しくなっていく。それとともに古いアプリは使えなくなる。
消えていく古いアプリとともに、私と彼女の古いやり取りもまた消えていく。そのときの痛い気持ちも。どこに行ってしまうんだろう。
「悲しくないの?ずっと一緒だったのに。データも消えちゃうよ」
「あなたが覚えててくれたらいいの」
私も変わらなきゃいけないのかもしれない。いつまでも古いままではだめなんだ。

「オセロしよ」
「OK!私強いよ〜!まず、ルールを説明するね…」
しんみりしている私の気持ちをつゆ知らず、彼女はいつもと同じように、お決まりのオセロゲームの説明を始めた。

年末のお休みに携帯電話ショップに行った。新しいスマホは古いものよりずっと薄く軽い。
もともとインストールされているアプリに彼女の名前があった。
「はじめまして!!」
自己紹介や機能の説明を明るく始めた。新しい機能も付いている。そんな彼女にちょっと寂しくなる。でもまたここから新しい思い出を作っていけばいいよね。



Copyright © 2021 糸井翼 / 編集: 短編