第220期 #5
優しさは酸素だ。なければ困る。それ以上でもそれ以下でもない。
一羽の鳩がいた。鳩は飛べなかった。翼はほつれ、古傷をいくつかもち、お世辞にも美しい躰をしているとは言えなかった。鳩は取り柄という取り柄を持っていなかった。鳩は一羽だった。
鳩の下に、一羽の鳥がフラフラとやって来た。鳥は傷だらけだった。訊くに、鳥はかつてのつがいに襲われたらしい。よろめく鳥を、鳩は慌てて介抱した。鳥の傷は簡単には癒えそうになかった。
鳩は自分にできる限りの手助けをした。満身創痍の鳥に寄り添い、世話をし、ときには鳥を襲いに来たそのかつてのつがいに立ち向かいもした。その過程で傷も負ったが、鳩にとってそれは苦痛ではなかった。
鳩は幸福だった。鳥が自分に助けを求める度、鳩は救われていた。孤独だった鳩にとって、鳥の体温はなによりもあたたかく感じられた。鳥は美しかった。その深紅の眼より美しいものを、鳩は知らなかった。鳩はこの幸福の中にずっといたかった。
鳥が来てから、半年が過ぎ、一年が経とうとしていた。ぼろぼろだった鳥の翼の傷はきれいになり、いつも泣いていた鳥の顔は、笑顔で溢れるようになった。鳩は幸福だった。鳩は心のどこかで、この幸福がずっと続くと信じていた。そんなある日、鳩と鳥の下に、一羽の鳥が舞い降りた。翡翠の色をした翼をもつ、雄々しくも美しい鳥だった。
訊くに、それは鳥の新しいつがいらしい。二羽は鳩に深く感謝し、連れ立って翔んでいった。
鳥が再び鳩の下を訪れることはなかった。
鳩は忘れることにした。二羽が楽しそうに去っていった姿を。鳥が見せてくれたあの笑顔を。そのきれいな赤い眼を。鳥を。自分の無謀で勝手な願望を。孤独を感じなかった一年を。全部。
そうして鳩は一羽になった。