第219期 #7
背の高い楠の間から差す斜陽が、橋村直樹の顔を橙色に照らしていた。
放課後、仲の良い友達とかくれんぼを始めたのはいいが、鬼役がなかなか見つけてくれず、直樹は退屈していた。
楠の根の上に座り、直樹は先程出会った少年のことを思い出していた。
その同い年くらいの見知らぬ少年は、丁度この場所に座っていた。小汚い格好をした彼は、人懐っこい笑みを浮かべて名前を尋ねてきた。訝しみながらも、「橋村直樹」と素直に答えると、
「はしむらなおき……か、あんがとな」
少年はにっこり笑うと、そう言い残して去って行った。
あれが一体誰だったのか、ずっと考えているが解らない。
それよりも、直樹は早く自分を見つけて欲しかった。いくら何でも遅すぎる。
隠れてからどれ程の時間が経っただろう。
山鳩の間の抜けた鳴き声を聞きながら、夕飯のこと等想像すると、ふいに心細くなり、無性に父に会いたくなった。
降参して家に帰ろう。
直樹が決心して腰を上げかけた時だった。
「うわ、びっくりした。誰?」
見知らぬ少年が急に眼前に現れ大声をあげたので、驚いた直樹は尻餅をついた。
先程の少年ではない。身なりは綺麗だし、顔立ちもまるで違う。ふと、直樹は何故か彼に親近感を覚えた。
少年は手に妙な機械を持っていた。直樹が尋ねると、彼は呆れた様子で、
「スマホだよ」
ゲームボーイよりも小さいのに何やら綺麗な映像が動いていて、直樹は唖然とした。
うそ寒い風が吹いて、森中の木がざわめいた。直樹の心と同じように。
「爺ちゃん、変な子がいるよ」
落葉を踏む音がして、老人が近づいて来た。
最初、直樹はその老人を自分の祖父だと思った。でも、似ているが、どこか違う。別人だ。
「名前は何だっけ?」
「橋村……直樹……」
少年の問いに、直樹は震える声で答えた。何故だか解らないが、とても恐ろしかった。説明仕様のない恐怖がわき起こり、足がガクガクと震えていた。
老人と直樹は呆然とした様子で互いに見つめ合っていた。
二人は同じ事を考えていた――そんなことがある訳がない、と。
「あ、パパだ。ねえ、ちょっと聞いてよ」
少年が後ろを返って、大きく手を振った。
逆光で顔は見えないが、誰かがこちらへやって来る。
少年が、何かを言った。
次の瞬間、直樹は森の奥へと駆け出していた。あまりにも、恐ろしかったから。
少年はこう言ったのだ。
「この子の名前も、パパと同じ橋村直樹なんだって」