第219期 #6

メリクリ

目の前の怪しい男が言う。
「私はサンタクロース」
それとも俺の頭がおかしくなったか。家の中に突然赤い服を着たじいさんが立っているのだ。理解が追い付かない。
「ふざけてんのか、出ていけ、ぶっ殺すぞ」
「ふざけていないし、出ていかない。私は頼まれてここに来た」
表情一つ変えない男は淡々と話すが、妙に迫力があった。腹は出ているが、体ががっちりしていて大きいからかもしれない。
「なんだっていうんだよ」俺の声が少し震えている。
「お前の子供に頼まれた」
「子供?そんなやつはいねえ」
…いや、いる。ずっと前に別れた彼女の子供。俺は犯罪も平気でする男だ。そんなやつは人の親になってはいけない。だから、俺の方から消えた。
「生物学的には、親だな」
「生物学の話はしてねえんだよ」
「私は良い子のところにしか行かないが、その子の願いを叶えないといけない」
俺の子は良い子なのか。
「で、そいつの願いはなんだよ」
「お前の願いを叶えてほしいそうだ」
たぶん、別れた彼女は子供をがっかりさせないように、父親はいいやつだと信じ込ませた。誰も傷つかない嘘だ。
「そいつは幸せなのか」自分の質問で恥ずかしくなる。幸せ?俺には一番似合わない言葉だ。
「わからないな」
「なんでだよ、お前、そいつに会ったんだろうが」
「人の感情はよくわからんのでね」本物のサンタってこんなやつなのか?こいつ、悪魔か何かなんじゃねえのか。俺の魂を食いにきた、とか。
「だったら…」
思わず鼻で笑った。こいつが悪魔でもサンタでも何でもよかった。今更、俺の願いなんてどうでもよいが、勘違いだったとしても、俺のことを一瞬でも思ってくれるやつがいるなら。
「人の願いを叶えるのは何かと手間だな」
サンタはつぶやいて俺の目の前から消えた。

「サンタさん、来たよ」
男の子が嬉しそうにお母さんに話しかけた。お母さんはプレゼントを隠している棚をちらりと見た。
「夢の中で会えたのかな?」
「夢じゃないよ、夜にね、来たんだ」
お母さんはにっこりした。夢を見ただけなのね。かわいい、幸せな夢。
「サンタさん、どうだった?」
「お父さんは今、どこにいますかって聞いたの。もし、辛い思いをしていたら、幸せにしてあげてほしいですって」
こんな小さい子に、こんなことを思わせていたとは。ごめんね。ああ、わが子ながら心の優しい子。
「ちょっとしたら、戻ってきて、お父さんは遠い国で幸せに暮らしているから、ぼくも元気でねって言ってた、って」



Copyright © 2020 糸井翼 / 編集: 短編