第218期 #6

国王になる日

「へ〜か〜」
書類を持って執務室の扉を開けたら、そこには誰もいなかった。一瞬状況が把握できず時間が止まる。大きな溜息が漏れた。またやられた……。
どうしてこうも上手く逃げられてしまうのだろう?
ローテーブルに置かれた書類は一応全部処理はされているようだ。
遠くからバタバタと廊下を走る音がする。
「申し訳ありません!!」肩で息をしている男が、開け放たれた扉の前で膝をついて頭を下げた。
「ホント、うちの王様は困ったもんだよね」
どこに行こうが構わないんだけど、国王がひとりで出歩かないで欲しい。

この国は、第一王子が国王になる。どこもそうなのだろうが、特に大きな疫病とかが流行らない限り、戦で亡くなるとかないので、何の疑問もなく第一王子が国王になるのだ。それが、ある日突然、全然国王になる気がない第六王子に、国王の座が降って来きた。あまりに唐突な出来事だったので、気持ちが追い付いていないのは見てわかった。
国王になってから、彼は一度も王様が座る場所に座ったことがないし、身に着けるものも身につけたこともない。
国王がそんな理由で執務室の絨毯の上で仕事しているとは誰も思っていないだろう。
彼曰く、玉座にも王冠にも鎮座している「太陽の石」が嫌いなのだそうだ。
自分は国民の太陽にはなれない、そんな器ではないと、ずっと拒みながらそれでもこの国の国王として何とか事務処理はやっている。
だから、好意を寄せる女のもとに行くことは咎めたりしていなかった。
行きたいと言ってくれれば、ちゃんと準備するのに、なぜ勝手に出て行ってしまうのか。
単にこちらを困らせたいだけなんだろうけど。

「もう暫くしたら迎えに行きましょうか」
準備をお願いします、と頭を下げている男に言うと「承知いたしました」と走り去っていった。その背中がなぜかちょっと楽しそうだ。
第六王子にずっと仕えてきた。彼が国王になってから、城の中の雰囲気が変わった。もちろん、人も代替わりなどしているのだが、以前はもっとピリピリしていたのだ。それが今はなんだか楽しそうだ。
困った王様が城外をひとりで歩けるのも、彼の人望なのだろう。城下の者に愛されて、守られている。
国民は彼を国王として受け入れている。「太陽の石」を持つものに相応しいと思っている。
あとは彼自身の問題だった。
彼があの玉座に座り、あの王冠をかぶって国民の前に現れる日を、彼が本当の国王になる日を、誰しもが待ち望んでいる。



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