第218期 #12

天の神様

今日も今日とて境内にはうじゃうじゃと人がいた。

儂は屋根の上に腰を下ろすとすん、と見下ろす。
今日はなんだ、祭りだっけな。たしか年に一度の。そーだったそーだった。
ぽりぽりと頭をかきながら空を見上げると、天照大神のいる方向が明るい。
そういうことか。だから今日はひときわ人々との距離が近い。願い事の声もよく聞こえる。
賽銭箱の前に人々は行列を作り、がらがらと鈴を振ってはパンパンと柏手を打ち願い事を唱えている。
「こう、いっぺんに言われたらよくわからんな」
ぼそぼそとした願い事の声はとぐろを巻いていた。そのひとつひとつを聞き分けるのはなかなか困難なことだ。
まあでも、この賽銭で少々傷んできたこの社もそろそろ立て直しの話が出てくるだろう。
「ありがとさん」
儂は風を吹かせ、ざわざわと木を揺らした。
はっとしたように何人かが顔を上げる。
そう、境内でのちょっとしたことはだいたい、儂。
その人々の肩や目元にある黒いもやを、その風で吹き飛ばしてやる。
それは穢れのようなもの。不安や冷え、痛みなどをもたらすそれ。
悪鬼がくっつけたり、自らの心が引き寄せるそれを、ぱっぱっと払ってやると気づいた敏感な何人かは目を見開いたり自らの肩に触れたりしている。
「願いは自ら叶えよ。その手助けはしてやる」
こういう、ほんの少しのことだけれど。
そのとき、キャンキャンと小さな犬の鳴き声がした。
みると車椅子に乗った青年が膝の上に小型犬を乗せて賽銭箱の前に並んでいる。
「おいおい、境内はペット禁止だぞ」
儂はちょっとむくれる。
だが、犬は青年の膝から降りようとせず、時々鳴きながら青年の顔を舐めるだけだった。
青年が賽銭箱の前に来て、ふわりと札を投げ入れた。
「おっ」
高額賽銭きた。聞くだけ聞いてやろうじゃないか。
耳を澄ませると少し高い青年の声が聞こえた。
「俺がいなくなった後、こいつに良い飼い主が現れますように」
みると、犬には老犬用のおむつが巻いてあった。青年には胸に黒いもやが見える。病に冒されているのだとわかった。風を吹かせたくらいじゃ到底払えないものだ。
ふと青年の斜め後ろ、幼女がじっとその背中を見ていた。青年の肩の上から顔を覗かせる犬が、幼女に向かってキャン、と小さく鳴いた。
儂は青年の足下の石をちょちょいと動かした。突然止まった車椅子に青年が焦ってあちこち見回している。
幼女はそばにいた両親の顔を見上げるとうなずいてもらい、そっと青年に近づいた。



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