第217期 #9
メロはこの物語の主人公ではありません。彼女は、主人公の鈴木悟から二メートルほど離れた場所を一瞬通り過ぎただけの少女です。
鈴木悟は、皆さんもご存じのように、世界を守ったり変えたりするすごい力があるのに、自分はダメな人間だからと煮え切らないことばかり考えている少年です。なのでメロとすれ違ったときも、自分や世界のことばかり考えていたため、近くを通り過ぎただけの彼女のことなど目にも入っていませんでした。
それにメロのほうも、鈴木悟が何かと戦ったことで世界が変わってしまったことなど、まったく知らないのです。
このメロという少女の情報はあまりにも少なく、どんな顔立ちで、どんな服を着ていたのかさえ分かりません。
しかし、彼女が鈴木悟と街ですれ違った季節は冬だったので、きっとコートなどを着ていたでしょうし、マフラーを首に巻きながら白い息を吐いていたことでしょう。そしてさらに想像を進めれば、メロという少女は、自分こそが物語の主人公だと思っていたのかもしれません――例えば、彼女が生き別れた双子の姉がいることを知らないまま、ある日バッタリ姉に出会ってしまうという物語を持っていたとしたら、彼女はその姉の存在についてしばらく悩まなければならないのです――なぜ彼女たちが生き別れたのかというと、そこには出生の秘密があり、父親が異世界の人間だったという物語があるかもしれません。彼女たちが生まれたあと、姉のほうを腕に抱いていた父親が突然、異世界に強制送還され、そのまま異世界へのゲートが閉じられてしまった(同時に異世界に関する記憶もメロから失われた)ということもあるでしょう。しかし鈴木悟の活躍によって世界の仕組みが変更され、再び異世界とのゲートが開いて双子の姉妹が再会する――メロにとっては、突然目の前に自分と同じ顔の人間が現れたことで頭がいっぱいであり、その理由までは分かりません。
少女Xは、そんな登場人物たちのことを空想しながら、携帯電話の小さな画面にメロの物語を記述していきます。誰かに読んでもらうつもりはなく、ただ文字にしてみたいから夜中の二時にベッドの中で文字を打っています。
すると、部屋の窓をコンコン叩く音が聞こえてきます。
カーテンを開けると、白い獣がいて、窓を開けろという身振りをするのです。
「夜分に悪いが、これも物語なので仕方ない」と獣は言います。「君こそが、本当の主人公なのだよ」と。