第216期 #9

水面の煌めき

写真のイメージと違うなあ。

最初に梨恵が哲史に抱いた印象はそれだった。ステーキと満面の笑顔の哲史はとても幸せそうに写っていた。マッチングアプリのトップ画面に載せていたその写真はおそらく、前の彼女が撮ってくれたものだろう。ヤキモチというほどではないが、内心気になっていたのは事実だ。現実の哲史には彼女の面影が残っていなかった。それは梨恵を安心させたと同時にどこか魅力の足りなさを感じさせていた。

初めてのドライブデートだったが、梨恵の住む町には田舎道しか用意されていなかった。かろうじて向かった史跡には人はまばらだったが、清く流れる川と鳥や魚たちが外部から取り残されたように独自の生活をしていた。車を降りて池に向かうと、哲史は梨恵の手を掴んだ。梨恵の胸がきゅうと鳴く。2人は寄り添って河川敷の階段を降りていった。

川の流れをしばらくのんびりと眺めていた。微動だにしなかった置物みたいな鳥が飛び立って驚いたり、魚が見える透明度の高い水に感動したり、初めて会った2人は同じように心を動かし合った。川が見えるレストランでは、哲史が「初めての記念だから」と一番高いメニューを注文し梨恵を驚かせた。

その日別れて、家に帰ると梨恵は哲史に「今日は楽しかった。ありがとう」とメッセージを送ってお風呂に向かった。お風呂からあがると、まだ既読がついていなかった。いつもは10分もかからずに返信が返ってくるはずなのに。まあそのうち返事がくるだろうとベッドに入り眠った。そのまま既読はつかず1日、3日、一週間が過ぎていった。梨恵は静かに傷ついていったが、それ以上に何も出来なかった。

やっと着信音が鳴った時、梨恵は仕事中だった。トイレに駆け込みメッセージを確認すると、それは哲史の母親からだった。

「息子は先週亡くなりました。今まで哲史と仲良くしてくださってありがとう。」

自殺だった。梨恵は涙も出なかった。ただただ驚いてしまった。
落ち着いてから、ある時ふと哲史のフルネームでインターネット検索すると、ダイレクトマップというものに行き着いた。破産者の氏名住所が晒され、リンクは破産者たちの住居を示す地図にリンクされていた。哲史は雪だるま式に増えていく借金を苦に首をつったらしい。自己破産したが、その先でさらに闇金融に手を出し首が回らなくなっていたという。

あの時の羽振りの良さは闇金融から借りたお金によるものだった。



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